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広島の福山市にいったい何があるのですか? 【第2回】 消えゆく鍛造技術を守る3代目社長「私が、廃業する鉄工場を引き継いだ理由」
広島の福山市にいったい何があるのですか? 【第2回】 消えゆく鍛造技術を守る3代目社長「私が、廃業する鉄工場を引き継いだ理由」
FEATURE

広島の福山市にいったい何があるのですか? 【第2回】 消えゆく鍛造技術を守る3代目社長「私が、廃業する鉄工場を引き継いだ理由」

「バラのまち」と呼ばれる(らしい)広島県福山市にあこがれて、広島・備後地方を旅するツアーに東京から参加することになったノンフィクションライターの白石あづさ。第1回では、バラ園とはだいぶ趣の異なる老舗金属加工会社「三暁(さんぎょう)」の鍛造(たんぞう)工房で、灼熱のなかフライパンづくりに挑戦しました。今回は、その続きから──。

──第1回はこちら──

国内に数軒しか残っていない鍛造錨工房

フライパンづくりのワークショップで熱い鉄を叩く参加者。写真中央が三暁の早間寛将社長だ

フライパンで料理をすることはあっても、フライパンそのものをつくる日が人生に訪れるなんて思いもよらなかった。直径約20cm、厚さ3.2mmの冷たくて丸い鉄板は、鍛造を経て縁が立ち上がり、「自称フライパン」といっても許されるくらいによくできている(と自画自賛)。表面には金槌で猛烈に叩いた槌目がしっかりついて、手に取るとまだ温かい。

これで何を焼こう。厚く切ったベーコンだろうか。いや新鮮なゲソでもいいかもしれない。辛口の日本酒を開けて……ひひひ、とニヤけたところで、今日は取材でやって来たことをかろうじて思い出した。

ここは2022年にオープンした、誰でも鍛造体験ができる工房「santo(サント)」である。三暁という金属の精密部品などを製造する企業が運営しているのだが、この時代になぜ昔ながらの鍛造工房を開設したのだろうか。3代目社長の早間寛将さん(冒頭写真)にお話をうかがった。

santoのエントランス。脇には錨が置かれている

「うちは創業73年目になります。昔は船具部品を製造していた鍛冶屋でした。福山市内の鞆(とも)の浦という地に鍛冶町があって、そこが創業の地です。でもだんだん“海のもの”より、クレーンや吊り橋や建築物につかわれる精密金具などの需要が多くなってきたため、“陸のもの”をたくさんつくるようになったんです」

工場を近代化し、大型機械を導入。操作はタッチパネルでおこなうようになった。ハイテクな数値制御と正確な切削から生まれる精密機器は評判もよく、シェアを伸ばしていった。そんなある日、昔ながらの方法で「四爪錨(よつめいかり)」などを製造する知り合いの鉄工所が、経営者や従業員の高齢化を理由に廃業することを知った。

職人が熱した金属を叩いて形をつくる「自由鍛造」の錨は完成まで高い技術が必要だ。強度が必要な部分は厚みを出し、必要でない部分は薄くする機能美も兼ね備えた鍛造錨。漁師は減り、海外製品も増え、昔は数多くあった鍛造錨の工房は、国内にあと数軒しか残っていないという。

「このままでは『鍛造錨』も『鞆鍛冶(ともかじ)』の技術も途絶えてしまう。強い危機感を持ちました。いまはものすごく暑い工場内で、人がハンマーで叩いたり延ばしたりすることもない。合理化された工場では、若い人たちが鉄の性質やモノづくりの深みを知る機会もありません。鍛冶屋の原点に戻れる場所がほしい。それで2017年にベテランの職人さんごと、知り合いの鉄工所を引き継いで『第3工場』としました」

これまで2つの大きな工場を持っていた三暁にとって大きな決断だった。最新鋭の機械が並ぶ工場とはまったく逆で蒸し暑く、勢い重労働になりがちな鍛造工房(第3工場)。世界的に有名な製鉄会社がいくつもある福山市では、そこまで規模が大きいわけでもない三暁がこんな“買い物”をするとは、私が社員なら「社長の道楽かしら?」と首をひねるだろう。


はたして社員さんたちの反応はどうだったのか? 引き継ぎ後、社内でこの鍛造工房で働いてみたい人を募ったところ、意外なことに若い社員を中心に思ったより多くの手が上がった。鉄の街で生まれ育っても、自由鍛造はもはやレア。集まった社員に鍛造工房で昔の技術を学んでもらいながら、皆でアイデアを出し合い、独自ブランドを立ち上げることになった。

多くの社員に参加してほしいので、全員が工房での勤務は週に1度だけ。ハイテクとローテクの世界を行ったり来たりすることで、社員さんたちにどんな変化が起きたのだろうか?

社員たちが家具とアウトドアのブランドを立ち上げ

カラフルなミニ錨はインテリアにピッタリ

「一番大きな変化は、以前より鉄そのものに興味を持ち、楽しんでくれるようになったことです。鍛造体験によって鉄の本質や性質がなんとなくわかってくると、不思議と本業にも生きてくるのです。この鉄はかなり硬いから、作業する機械の数値はこのくらいにしようとか」

工房では、昔ながらの錨だけをつくり続けていたわけではない。売れる商品を生み出さなければ、いずれ工房は廃止されてしまう。社員たちは、錨をつくる高度な技術を応用してつくれる、現代の生活スタイルに合わせた「売れるモノ」を考えた。そして家具ブランドやアウトドアブランドを立ち上げたのだ。

試作を繰り返し、すっきりとしたフォルムながら、鍛造ならではの温かみのある商品が次々と生まれた。santoに置いてある椅子を持ち上げてみると、めちゃくちゃ重い。何でも軽くてコンパクトな商品が好まれる時代だが、この重厚でシンプルな椅子たちは「一生ものですから」という顔つきでツンと澄ましている。かといって、錨の生産もやめたわけではない。漁業用ではなくインテリア用のカラフルでかわいいサイズの錨はいまもつくっているのだ。これらに何百年の技術が詰め込まれていると思うと感慨深い。

「地元の皆さんが喜んでくれたことも、うれしかった」と早間社長

「もうひとつ、工房を引き継いでよかったなあと思うのは、社員だけではなく地元の人たちが喜んでくれたこと。なつかしいというお年寄りもいれば、自分もやってみたいと興味を持つ人もいて」

2022年、満を持して工房の顔となるsantoがオープンすると、ガラス張りの建物の棚や床に社員たちが工房でつくった家具やアウトドア用品が並べられた。同時に一般向けのフライパンづくりのワークショップも始まった。

消える寸前で残された鍛造錨の技術。次世代へつなぐことで、その技術にいつか助けられる日も来るかもしれない。綱引きで一番力の強い人や、リレーの最終走者を「アンカー(錨)」と呼ぶ。アンカーには、必ずなんとかしてくれるという「希望」が込められている。

──第1回はこちら──

──【第3回】に続きます──

photo&text:白石あづさ

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