バンクーバー唯一の「先住民族レストラン」になぜ世界中の人が集まるのか①
出版社勤務を経て、カナダを拠点に北米の人々のサステナブルなアクションを発信している大久保洋一さんの連載がスタート。彼が住むバンクーバーはグリーンピースやシーシェパードなどの発祥の地と知られ、人々は自然を身近に感じながら暮らし、環境への意識も高いそう。連載第1回目は、カナダ先住民族のカルチャーを発信するレストランについてのレポートです。
「目を閉じて、想像してみて。あなたはいま東京にいます。そして、本格的な日本食のレストランが東京にたったひとつしかないとします。もしそこで、政府から『日本食を提供してはいけません』と言われたら、人々はまったく理解できずに、きっと何らかの行動を起こしますよね。
私たちは、バンクーバーで唯一の、インディジェナス(先住民族)が所有し運営するレストランです。でも、伝統的な料理をそのままの形で提供することは許可されていません。だから、素材はインディジェナスが代々使ってきたものを使用しているけれど、調理でモダンなアレンジを加えて、『伝統料理ではない』ということにしてビジネスを成り立たせています。おかしいでしょ? これに関してカナダの人々はなんて言っていると思いますか。『それは最悪だね』と。でも、仕方ないじゃないかという表情で。なぜ? もっと怒らないと」
店のオーナー、イネズさんはじっと筆者を見つめながら、冷静な口調でこう語る。
2010年からカナダ南西部の大都市バンクーバーに店を構え、世界中からその味を求めて多くの客が訪れるレストラン「サーモン・アンド・バノック(Salmon’n’Bannock)」。サーモン、銀ダラ、鯛、バイソンなどの素材を使い、伝統的な調理法にアレンジを加えて提供している。バイソンは24時間かけて、ゆっくりとグリル。牧場からではなく、狩りで得た素材にこだわっており、通常のものよりビタミンや鉄分などの栄養価が高いという。店名にある「バノック」は、インディジュナスに昔から伝わるスコーンのような食べ物のことだ。
イネズさんが続ける。
「私はヌハルク族(Nuxalk、ブリティッシュ・コロンビア州の先住民族のひとつ)に生まれ、白人に育てられました」
カナダにおけるインディジェナスの人々は、かつて、いやいまも、さまざまな偏見や差別にさらされ、大きな社会問題となっている。
たとえばカナダには「Sixties Scoop」という言葉がある。これは、1960年代に同化政策が行われていた時期のことで、推定合計2万人の先住民族の子どもたちが家族から引き離され、主に白人の中流階級の家族に養子に出された。イネズさんも、そのうちのひとりだ。
「自分の生い立ちについて語ることは、とてもパーソナルでエモーショナルなことなので、ここではできません。ただ、このレストランを開くにあたって、自分のルーツ、その文化についてきちんと知る必要があった。だから、いまでは実母やそのコミュティの人々とも、良好な関係を築けているんですよ」
世界中を旅した後、自分のルーツを探す旅に出たかった
レストランを開く前、イネズはカナダ航空のキャビンアテンダントとして25年間働いてきた。世界中を飛び回っていた彼女が、なぜレストランを開きたいと思ったのだろうか?
「アフリカ、ヨーロッパ、アジア、あらゆる文化に触れてきて、やはり自分のルーツについてもっと知りたいと思ったんです。その年、オリンピックがあったのも大きかったですね。世界中から人々がやってくるのに、インディジェナスの料理を提供するレストランがないなんてクレイジーだわ!と思って」
開店早々レストランは話題になり、イネズさん自身も注目を集めた。日々メニューの改善や、客からの質問にも丁寧に対応している。
「すべてのテーブルであらゆる人々が、スタッフに質問するタイミングを待っています。なかには、いまだに『インディジェナスは全員、髪型は長い三つ編みで、馬に乗っている』というイメージのまま店に来られる方もいらっしゃいます。でも、これまで見たことのない料理を体験し、スタッフとその裏にあるストーリーを共有することで、目からウロコが落ちる。だからみんな、おしゃべりがすぎて滞在時間がとても長くなるんです」
イネズさんいわく、バンクーバーがあるブリティッシュ・コロンビア州だけでも200以上の地域でインディジェナスが暮らしており、そのうち13地域の人々を店のスタッフとして雇用しているそう。
「これは個人的な希望だけど、私は日本食が大好きで、もし日本食のレストランに行くなら、お店のスタッフは全員日本人であってほしい。だから、うちの店も、きちんと説得力を持って自分のカルチャーを話せるように、全員インディジェナスを雇用しているのです」
コロナで遠ざかった人々の足も、最近ようやく戻ってきた。イネズさんはバンクーバーの快晴の空に映えるビル群に目を向けながら、開店当初から変わらない思いを口にする。
「私は、世界中を旅した後、このレストランを通じて自分のルーツを探る旅に出たかったんです。コロナのさなかに来てくれた何人ものお客さんが、私たちの料理を通じてカルチャーに興味を示し、『まるで旅をした気分だよ!』と言ってくれたのは、本当にうれしかったですね」
写真・文/ 大久保 洋一
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