万博プロデューサー就任!福岡伸一が考える「いのち」のあり方 vol.3
持続可能な未来を目指す、2025年の大阪・関西万博。シグネチャーパビリオンのひとつを担当する生物学者の福岡伸一ハカセは、生命系のなかにある、私たちの「いのち」のあり方について考えています。万博を軸にその生命哲学を知る、ハカセ自身による万博ドキュメントです。
万博に向けたプレイベント開催!
子どもたちに語った
「いのちの動的平衡」
EXPO2025のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。私たちがこの世にいのちを受けて生きていることは、当たり前の事実だけれど、これだけ都市化・情報化されてしまった世界において、そもそも「いのち」をどう捉えればいいのだろう。ここ数年、私たちは予期しなかったコロナ・パンデミックに翻弄されてきた。私たちの「いのち」はウイルスとどう向かい合えばいいのだろう。これを考えるのが、私のパビリオン「いのち動的平衡」館の使命だ。
このプロジェクトを進めるにあたって、強力な助っ人が名乗りを上げてくれた。ジャパンマテリアル(以下、JM)という会社が、EXPO2025、福岡パビリオンのゴールドパートナーとなったのだ。企業としてのJMの仕事は、半導体などをつくるメーカーのインフラを整備すること。コンピュータや携帯電話の心臓部には、半導体は絶対に欠かせない。精密な半導体製造は、いまや日本に限らず世界的な基幹産業。つまり半導体は、すべての産業を支える“細胞”のようなものである。生命体を支える細胞は、細胞だけでは生存できない。細胞には酸素や水や栄養素が必要だ。それを供給するため、私たちの全身には複雑なシステムが張り巡らされている。循環する血管網、酸素と二酸化炭素を交換する呼吸システム、栄養素を消化吸収する胃や腸のシステム、代謝の動きを制御するホルモン系や神経系……。
半導体が産業の細胞なら、この細胞をつくる工場についても、まったく同じことがいえる。半導体製造工場には、究極的にきれいな水(超純水)や、窒素やヘリウムなど各種の特殊なガスが、日々、絶え間なく供給される必要があり、そのためには精妙なパイプラインの敷設と維持管理が必要だ。そういうサポートを一手に引き受けているのがJMなのだ。いわば縁の下の力持ち。いつでも、すぐに駆けつけられるよう、大きな半導体製造工場のすぐ近くの、三重県の菰野(こもの)町に本社と工場を置いている。
2025年のEXPOに向けてのプレイベントとして、2022年の秋、JMとともに「福岡ハカセの読書会」を開催した。私の書いた絵本『ホタルの光をつなぐもの』(福音館書店、文・福岡伸一、絵・五十嵐大介)をみんなで読む、という企画である。場所は、菰野町町民センターホール。地元の小学生と親御さんに声がけして、数百人が来てくれた。
絵本の物語は、女の子が家の近くの小川でホタルの幼虫を見つけるところから始まる。幼虫はちょっとグロテスク。小さな怪獣みたいな姿をしている。女の子は興味を持つ。幼虫を家に持って帰り、ホタルになって光るまで育てたいと思う。そこで、自然に詳しいおじさんに聞いてみる。ホタルの幼虫のエサは何かなあ。幼虫は、小川の流れのなかに棲むモノアラガイという小さな貝を食べる。肉食なんだ。じゃあ、貝も一緒に持って帰ればいい? でも、貝は何を食べて生きていると思う? 貝は、川底の石に生える藻を食べているんだよ。じゃあ、石も拾っていけば? 石に藻が生えるためには、太陽の光と、清流に溶け込む酸素と、ミネラルや栄養分が必要だよ。でも、まだ足りない。幼虫がサナギになるためには土手の柔らかな土がいるんだ。女の子は、幼虫を持って帰ることをあきらめて、網で捕まえた幼虫を川に放つ。
ここまでが物語の前半。ポイントは、この女の子が「ホタルの幼虫を支える自然が全部つながっている」ことを悟るところ。これは、いのち動的平衡館のテーマでもある。生物は互いに支え合って生きている。たとえ食う・食われるの関係であっても、それは支配・被支配関係ではなく、互恵的、利他的なもの。ひとつの種が増えすぎないよう調整しあい、環境を共有している。ホタル、貝、藻、あるいはその周囲で生活する魚やエビやプランクトンはみな相補的につながっている。これが、いのちの動的平衡。
物語はこれで終わらない。女の子はその後成長し、ホタルのことなどすっかり忘れてしまっていた。あるときふと思い出す。昔、遊んだあの小川はどこへ行ったのか。街はすっかり様変わりしていた。住宅が立ち並び、小川はコンクリートで固められ、さらには暗渠(あんきょ)となった。向こうには巨大なタワマンがそびえる。もう、ホタルが戻ってくることはないのかしら。そんなことはないよ。耳をすませてごらん。すっかり都市化されてしまったこの街にも、自然がそのつながりを回復しようとするかすかな音が聞こえるよ……ここからが、普通の絵本とはちょっと違うところ。五十嵐大介さんの描く未来の都市のようすは、みんなが思っている姿とかなり違う。新海誠さんのアニメに一脈通じるような展開となります(それは読んでのお楽しみ)。
読書会は「朗読のプロの語りを聞いてもらおう」ということで、ニュースキャスター・膳場貴子さんに、はるばる菰野町まで足を運んで、福岡ハカセの朗読パートナーを務めてもらった。プロジェクション・マッピングで絵本を大きく映し出しながら進行し、お楽しみのクイズ大会(賞品つき)、Q&Aのコーナーもつくって、今回のイベントのねらいとEXPOの概要について話した。
2025年には、ここに来てくれた少年少女は、小学校高学年か中学生になっている。彼ら彼女らが未来に希望を持てるよう、引き続きEXPO2025に向けて、各種のイベントや告知の会を開催し、機運を盛り上げていきたいと思っている。
PROFILE
福岡伸一 ふくおか・しんいち
生物学者。1959年東京都生まれ。京都大学卒業。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。87万部のロングセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』シリーズなど、著書多数。最新刊は『ドリトル先生ガラパゴスを救う』(朝日新聞出版)。2025年の大阪・関西万博で「いのちを知る」テーマ事業を担当。www.fukuokashinichi.com
●情報は、FRaU2023年1月号発売時点のものです。
Text:Shin-Ichi Fukuoka Illustration:Chieko Kogure Edit:Asuka Ochi
Composition:林愛子