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大阪・関西万博プロデューサー就任!福岡伸一が考える「いのち」のあり方 vol.1
大阪・関西万博プロデューサー就任!福岡伸一が考える「いのち」のあり方 vol.1
VOICE

大阪・関西万博プロデューサー就任!福岡伸一が考える「いのち」のあり方 vol.1

持続可能な未来を目指す、2025年の大阪・関西万博。パビリオンのひとつを担当する生物学者の福岡伸一ハカセは、生命系のなかにある、私たちの「いのち」のあり方について考えています。万博を軸にその生命哲学を知る、ハカセ自身による万博ドキュメントです。

大災害に悩まされる分断社会で
「いのちを知る」ことの意味は?

このほど私は、大阪・関西万博(EXPO2025)のプロデューサーのひとりに任命された。2025年に、大阪・夢洲地区に招致される国際博覧会のテーマ事業シグネチャーパビリオンのひとつを企画・立案するという役割である。

EXPO2025の統一テーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。「いのち」の今日的意味を、生物学者の立場からぜひ一緒に考えてほしいとの要請をいただき、お引き受けすることにした。私の課題は「いのちを知る」である。ほかに「いのちを育む」「いのちを守る」「いのちをつむぐ」「いのちを拡げる」「いのちを高める」「いのちを磨く」「いのちを響き合わせる」という計8つのテーマ事業が企画されており、それぞれ、アニメーション監督・メカニックデザイナーの河森正治氏、映画監督の河瀨直美氏、放送作家・脚本家の小山薫堂氏、大阪大学教授・ATR石黒浩特別研究所客員所長の石黒浩氏、音楽家・数学研究者・STEAM教育家の中島さち子氏、メディアアーティストの落合陽一氏、慶應義塾大学教授の宮田裕章氏が担当する。

photo by Bettmann / Getty Images

万博といえば、1970年。私はこの年に、同じ大阪の地で開催された「EXPOʼ70」に大きな影響を受けた世代である。当時、私は10歳。大阪・千里丘陵を切り開いてつくられたEXPOʼ70の会場に目を見張った。屹立する太陽の塔、白い空気ドームで覆われたアメリカ館、高くそびえるソ連館。アメリカ館には、アポロ宇宙船と宇宙飛行士が持ち帰った「月の石」が展示されていた。そこには限りない未来への希望があった。

以来50年あまり。現在の私たちは、EXPOʼ70が約束したはずの「人類の進歩と調和」のなかにはいない。繰り返し大災害にさいなまれ、経済は停滞し、日本は少子高齢化が進み、世界は分断されつづけている。そのうえ、出口が見えないコロナ禍の真っ只なかにあり、新たな戦争まではじまってしまった。

この状況下で「いのちを知る」とは、いったいどのようなことを考えればよいのだろうか。いのちは輝くものである。私たち人間にとって個体の生命は唯一無二の価値があり、しばしばそれは、地球よりも重い、と表現される。殺人は極刑に処されることもある。ひるがえっていま、世界を眺めわたしてみると、生命の尊重は必ずしも自明の理とはいえない様相にある。だからなおさら、いのちは輝くものであることの意味を考えなければならない。

撮影:阿部雄介

人間がほかの生物と決定的に違うのはどこだろうか。

人間は、個体の生命に至高の価値を置いている。こんな生物は、私たち人間だけであり、それが、人間を人間たらしめているといっても過言ではない。人間以外の生物では、個体にそれほど大きな価値を置いていない。魚や昆虫たちは、何千個、何万個もの卵を生む。そこから発生する幼生や幼虫は懸命に生き延びようとするが、大半は、ほかの生物の餌食になったり、波や風にもまれるうちに息絶えてしまう。ほんのわずかな幸運な個体がなんとか生き延び、パートナーを見つけ、次世代をつくることに成功する。

ところが、人間は、ひとり一人の個体、つまり自己の生命に最大限の価値を置く。同時に他者の生命も最大限に尊重する。人間以外の生物であれば、種の保存に寄与しない個体、生産性のない個体に意味はないことになってしまうが、人間は決してそうは考えない。人間は、種(つまりホモ・サピエンス)の保存よりも、まず第一に、個の生命を尊重する。そのことに価値を見出したはじめての生物なのだ。個体は必ずしも、種の保存のために貢献しなくてもよい。生んだり、増やしたりしなくても罪も罰もない。それは個の自由なのだ。そう認識しあうことができたはじめての生物、それが人間であり、基本的人権の起源もここにある。LGBTQ+も、障がい者も、個の生命は等しく尊重される。私たちが自在に将来を選ぶことができるのも、この認識のおかげである。結婚してもいいし、しなくてもいい。子どもを持っても、持たなくてもいい。どんな職業について、どんなふうに生きてもいい。

撮影:菊田香太郎

なぜ、人間だけが、このような認識に到達することができたのか。それは進化の過程で、人間だけが、すばらしいものを発明することができたからだ。言葉である。言葉は、第一にはコミュニケーションの道具である。しかしそれ以上に、人間を自然の掟から自由にする道具でもあった。言葉は、ものごとに名前をつけ、概念化する力がある。世界を構造化する強力な作用を持つ。言葉のおかげで人間は、種の保存という遺伝子の命令の存在を知った。同時に、その命令を相対化することに成功し、そこから個の生命の自由を勝ち取ることができた。これが「いのち」が輝くことの起点となる。

ゆえに私たちは言葉による認識を大切にしなければならない。一方で大事なことは、言葉を過信してはいけない。言葉は、私たちを自由にしてくれると同時に、人間存在を縛るものでもある。そして、あらゆる自然をすべて言葉の力で制御することはできない。私たち人間は、地球生態系の一員であると同時に、言葉を持った特殊な生物なのだ。この相克(そうこく)をどう解決して生きるべきなのか。EXPO2025で問われている課題もここにあると肝に銘じて計画を進めたい。

▼vol.2につづく

PROFILE

福岡伸一 ふくおか・しんいち
生物学者。1959年東京生まれ。京都大学卒業。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。87万部のロングセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』シリーズなど著書多数。最新刊は『ゆく川の流れは、動的平衡』(朝日新聞出版)。2025年の大阪・関西万博で「いのちを知る」テーマ事業を担当。
www.fukuokashinichi.com

●情報は、FRaU2022年8月号発売時点のものです。
Text:Shin-Ichi Fukuoka Edit:Asuka Ochi
Composition:林愛子

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