「全米一、予約が取れないレストラン」をつくったシェフの信念──「私の料理を支えているのは生産者」【前編】
野菜、ハーブ、魚、肉、卵……、「おいしい」をかたちにするのは、使い手の腕前と素材の力があってこそ。持続可能な方法で育てられ、大切に扱われている素材に未来を見出し料理で表現する、そんな食のプロを追いました。世界的に知られるシェフで、アーティストでもあるジェローム・ワーグさんが「調理しすぎないこと」を心がける理由とは?
料理や農業というアートは
人生を豊かにするためのもの
アメリカ・カリフォルニア州のサンフランシスコ郊外にある「シェ・パニース」は、オーガニックやスローフードのムーブメントを起こし、全米一、予約が取れないともいわれる人気レストラン。そのヘッドシェフを担当していたのが、東京・神田で「ザ・ブラインド・ドンキー」を営むジェローム・ワーグさんだ。彫刻家の父と写真家の母のもとにフランスで生まれ育ち、21歳で渡米。以後、料理人でもあり、アートと毎日の生活の接点を探求し続けるアーティストとしても活動している。
ジェロームさんが生まれ育ったフランスの田舎町では、ファーマーズマーケットやオーガニックが根づいていた。25年間暮らしたサンフランシスコには、地産地消とオーガニックをテーマにしたファーマーズマーケットがあり、オルタナティブな農業やオーガニック農業は当たり前の存在だ。たとえば駐車場に椅子を並べて公園にするようなアートワーク「ソーシャルプラクティス」を体験することも日常的だった。オーガニックフードとアートを身近なものとして生きてきたジェロームさんが日本に来て感じたのは、日本ではそれらが人々の日常と切り離されているという、望ましくない状況だった。
「アートというと音や造形、絵画だと思われがちですが、大切なのはそれによって自分がどんな影響を受けるか。つまり美術館で楽しむだけのものではなく、日常のなかで自分の人生を豊かにするためのツールなのです。そう考えれば、料理も農業も立派なアートでしょう?」
ジェロームさんは、料理を自分を表現するものでもあり、すべての人の人生を豊かにするものだと考えている。そしてその料理を支えているのは、農家などの生産者たちだ。
PROFILE
ジェローム・ワーグ
フランス生まれ。21歳で渡米し、カリフォルニアのレストラン「シェ・パニース」で働き始める。アーティストとしても活動しながらヘッドシェフを4年務め、独立。2016年に来日し、東京・神田に「ザ・ブラインド・ドンキー」をオープン。
●情報は、『FRaU SDGs MOOK FOOD』発売時点のものです(2021年10月)。
Photo:Tetsuya Ito Text & Edit:Shiori Fujii
Composition:林愛子