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冷水希三子「食べるために会いにきた、阿蘇の草原で育つ“あか牛”」【後編】
冷水希三子「食べるために会いにきた、阿蘇の草原で育つ“あか牛”」【後編】
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冷水希三子「食べるために会いにきた、阿蘇の草原で育つ“あか牛”」【後編】

野菜、ハーブ、魚、肉、卵……。「おいしい」をかたちにするのは、つかい手の腕前と素材の力があってこそ。持続可能な方法で育てられ、大切に扱われている素材に未来を見出し料理で表現する食のプロたちを追いました。料理家の冷水希三子さんは「生きものを食べるとは何か?」に向き合い考えるため、阿蘇への旅に出ました。

▼前編はこちら

「おいしい」でつながる関係が
農業者に自信と誇りをくれる

生後10ヵ月ごろまで親子放牧で育つ、井さんのあか牛。標高700m、20ヘクタールの敷地内にある草原や山林で、のびのびと過ごす。おとしく、人なつっこい牛が多かった

井さんが子どものころ、阿蘇では多くの農家が使役牛としてあか牛を飼っていたという。牛が草原の草を食(は)む行為は、植物や土壌の新陳代謝を促し、牛の排泄物は畑を豊かにした。人々が牛のエサとなる草を定期的に刈り取るおかげで安定した草地管理ができ、草原維持に欠かせない野焼きもスムーズに行えていた。井さんの理想は人が牛とともに生きていた暮らしを、現代にも合う形で取り戻すことだ。井さんは研究者とともに阿蘇の草原に大牧場をつくり、志のある人たちとともに、国産飼料での、あか牛の放牧生産ができないかと考えている。

放牧すると運動量が多くなり、全期間牛舎で肥育する場合より10ヵ月程度出荷までの期間が長くなる。「それでも、できる限り自然に近い状態で育ててやりたい」と、放牧を担当する息子の雅信さん

「人が牛を飼わなくなって、阿蘇の草原はだいぶ荒れました。農業をやる若い人もほとんどいません。農業じゃ生活できないという現実、若い人が田舎で農業するなんてみじめだと思っていること。それはすごく大きな問題です。でもね、私は農業者であることに誇りを持っているんです。だって食料はみんなの命になるわけだからね、農業者は命をつくっているんですよ。最近は赤身のお肉がおいしいと言ってくれる人が増えてきたこともあるし、熱意を持って私のお肉を売ってくれるお肉屋さんもいる。国産飼料で育てる牛を見てみたいと足を運んでくれる人、冷水さんもそうですよ、そういう人がいるから自信と誇りを持てるんです。だからこれからの若い人にも誇りを持てる農業をしてもらいたいし、オレたちが日本の食を支えているんだっていう自負を持った農業者が増えてくれたらというのが願い。そのためには日本の農業の質を上げていかなければと思うわけです」

そのために欠かせないのが、人と人とのつながりだと感じている。

「私の牛を見に来てくれるコックさんがいるけど、彼らは現場で見たことをお客さんに伝えるでしょう。そうすると舌に加えて、脳でもおいしいと感じてもらえるんじゃないですかね。そうやって人から人へ、本当の意味でのおいしいがつながっていくといいなと思うわけ。それはお金では換算できない価値ですから」

うんうんと深く頷きながら聞いていた冷水さん。そういえば先ほど牛舎を見学したとき、来月出荷される予定の牛を紹介され、少し複雑な表情をしていた。

繁殖、肥育、出荷まで一貫して行う井さん。生まれた仔牛に名前をつけるのは息子の雅信さん。冷水さんは来月自分のところに届く肉になる牛の名前を知り、「忘れないでいよう」と言っていた

「じつは来月、私も注文しているんです。つまり目の前にいる人なつっこい牛が、来月お肉になって家に届くわけです。やっぱり何だか、考えちゃいますね……」

冷水さんは、こうつぶやいていたけれど、井さんの話を聞いて表情が変わった。

「やっぱり見に来てよかったです。自分が料理するもの、食べるものが、誰によってどんなふうにつくられたものなのか。それを知るのと知らないのとではぜんぜん違う。かわいそうだからお肉は食べないという選択をする人もいるし、人それぞれだと思うけれども、私はすべて知ったうえで迷いなく食べたいと思うし、丁寧に、絶対においしく料理したい。ここで見たこと、聞いたこと、感じたことを、料理を通して伝えていきたいという気持ち。食べるために、見に来たんですね」

産山村には豊かな湧水を誇る水源がいくつもある。放牧中の牛たちも清らかな水を飲んで育つ

2週間後、さまざまな調理法で試作し、料理を完成させた冷水さん。赤身のもも肉を粗いミンチにし、表面だけ軽く焼き色をつけたタルタルステーキは、噛むほどに肉の旨みを感じる力強い味だった。

「結局は究極にシンプルな料理に落ち着きました。井さんのお肉は清らかな味だと思っていましたが、阿蘇の草原にいる牛を見て、その理由がよくわかったんです。だからその部分を何より大切にしたいと思って。仕上げにタルタル一面にのせたパセリのみじん切りは、阿蘇の草原をイメージしてみました」(冷水さん)

自分が食べる食材がたどってきた道を知ること。それは、何が自分を生かしてくれているのかを知ることだ。その体験は“食べること”のあり方を変える。阿蘇の草原から冷水さんのキッチンへ。長い旅が教えてくれた、大切なことだ。

あか牛のタルタルステーキ

中はレアに仕上げたタルタルステーキ。「井さんのお肉はレアで食べるのが一番旨みを感じる」と冷水さん。調味は塩とオリーブオイルだけで、肉の味を活かした。

◎材料(4人分)

あか牛のもも肉…300g 玉ねぎ(みじん切り)…大さじ1程度 ケイパー…10g 塩…小さじ1/3 EXV オリーブオイル…適量 パセリ…ひとつかみ 柑橘(今回はライムを使用)…適量

◎作り方

❶あか牛のもも肉を粗めのみじん切りにする。
❷ケイパーはざく切りにする(塩漬けなら塩を洗い流してから切る)。
❸ボウルに①のもも肉と塩を加え、軽くこねる感じで練る(練りすぎない)。玉ねぎとケイパーを加えて混ぜ、15分ほど冷蔵庫で休める。
❹③をひとまとめにして大きなハンバーグ状にして、オリーブオイルを熱したフライパンで表面が焼けるまで強火で両面焼く(中はレア)。
❺皿に盛り、みじん切りにしたパセリをたっぷり振りかけ、ライムを絞る。

PROFILE

冷水希三子 ひやみず・きみこ
料理家・フードコーディネーター。季節の味を大切にした、やさしい料理が評判。著書に『おいしい七変化 小麦粉』(京阪神エルマガジン社)、『ONE PLATE OF SEASONSー四季の皿』(アノニマ・スタジオ)など多数。

●情報は、『FRaU SDGs MOOK FOOD』発売時点のものです(2021年10月)。
Photo:Tetsuya Ito Text & Edit:Yuriko Kobayashi
Composition:林愛子

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