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壱岐ゆかり「花と土地と人のサステナブルな関係」【前編】
壱岐ゆかり「花と土地と人のサステナブルな関係」【前編】
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壱岐ゆかり「花と土地と人のサステナブルな関係」【前編】

美しい地球を構成する水、土、森、海、山、川、植物……、まわりにある環境を大切にすることはもちろんですが、そもそも自然とは人間が守ってあげるものではなく、むしろ私たちが守られ、多くのことを学ばせてもらう存在。今回は、花農家「four peas flowers」を営む新井聡子さんの畑を舞台にした、花屋・壱岐ゆかりさんの学びのストーリーを紹介します。

季節に寄り添う花卉(かき)栽培
スロー・フラワー

さわやかな秋晴れの空の下に広がるfour peas flowersの畑。昨年種を植えたユーカリの木は順調に育ち、初めて冬を越えるそう。育ち具合を観察する壱岐ゆかりさん(左)と新井聡子さん

東京で花屋をはじめて11年を迎えた「THE LITTLE SHOP OF FLOWERS」の壱岐ゆかりさん。都会で花を売るという営みに加えて、装花やワークショップ、イベントなどを通して人の気持ちを花に“翻訳”する花屋として多彩な活動を展開している。

彼女の原動力は、そのときどきの「心の動きを信じる」こと。近年は、店頭に出せない花や廃棄になってしまう花から天然の染料をつくり、布を染めるボタニカル・ダイという手法で、役目を終えた花に新しい命を吹き込んだり、廃棄となるロスフラワーを「コズミックコンポスト」チームに堆肥にしてもらったり、「循環」をテーマに自然のサイクルに寄り添ったサステナブルな花とのつき合い方を模索している。

そして2019年からは、花農家と協力して畑で花の生産にも着手。この数年は、旬の花を摘みに畑と東京を行ったり来たりの日々だったそう。この日訪れたのは、神奈川県藤野町で花農家「four peas flowers」を営む新井聡子さんの畑。

大輪の花を咲かせているのは、淡いピンクのグラデーションが美しいダリア「大和なでしこ」。花弁の先が外側に反っているセミカクタス咲きが特徴

なだらかな丘陵地に広がる200平方メートルほどの畑。標高が高く、11月には初霜が降り、冷え込みも厳しいエリアだが、南東に拓けた日当たり抜群の畑で少量多品目の花々を育てている。「この時期は収穫もすっかり終えて、いまは本当に何もないんですが、あっちの畑には、明日から緑肥用にライ麦の種を蒔く予定です」と、畑を案内しながら新井さんは申し訳なさそうにはにかむけれど、ダリア、ジニア、ニゲラ、アマランサス、ケイトウ、シャクヤク、ムギワラギク、シュウメイギク、ラナンキュラス、ユーカリ……。どんな花を育てているかと尋ねると、本当にたくさんの花の名前が飛び出す。

露地栽培の楽しさ、難しさについて畑で語り合う、壱岐さんと新井さん。畑の話は尽きない

翻訳の仕事をしている新井さんは、「自分の手で何かをつくり出したい」と11年ほど前にこの土地に移住。しばらくは野菜などを育てながら、花専門の農家になったのは5年ほど前。「スロー・フラワーという考え方に出合って、これだ! と心が動いたんです」と新井さんは言う。

スロー・フラワーとは、花の地産地消を応援する取り組みとしてアメリカで始まったムーブメント。安定的な花の供給のために温室で暖房を利用して栽培していたり、出荷の規格に合わせるために農薬を大量に使用していたりと、環境負荷が大きくなりがちな花卉栽培。外国から空輸されている花も少なくない。そんな花産業を見直すべく生まれたのがスロー・フラワーという考え方だ。

「カラスノエンドウ」によく似たマメ科の植物は、花が咲き終わったあとに緑肥として土にすき込むとよい肥料分になる

「農薬や化学肥料を使わず、環境になるべく負荷をかけない方法で季節の花を毎年種から育てています。地域内で供給するサステナブルな花卉栽培を目指して、100%露地栽培です。雨が降り続けると一気に枯れてしまったり、予定通りに花が咲かなかったりと、露地栽培は本当に大変! だけど、四季とともに花を育てることをポリシーにしています」(新井さん)

こぼれ種で自生したアマランサスの「エメラルドタッセル」。春になるとまた別のこぼれ種が芽吹いて、立派な花になる

季節の花と真摯に向き合い栽培している新井さんと、壱岐さんが意気投合したのは、もはや必然の流れ。「私も素人から試行錯誤で花屋をはじめて、やりながら学びながらようやくここまできたという感じがしています。心の動きを信じて即行動とか、とにかく自分でやってみないと気が済まないLet’s do itの精神とか、新井さんとはいろいろな部分で感覚が合うんです。それに、彼女は翻訳の仕事もしているので、お花ひとつとっても日本語と英語での名前の響きの違いを楽しんでいるというか、言語の感性もすごく素敵なんですよね」と、壱岐さん。

春まきも秋まきもできる一年草の「レースフラワー」。霜も降りる寒い冬の畑でも花が咲くか実験中なのだそう

「何もない」新井さんの畑には、実はたくさんの生命が息づいている。あまり手をかけすぎず、自然に任せ、よい意味で放ったらかしの畑は、雑草なのか花の芽なのか素人目には区別がつかない。たとえば畑の一画で元気いっぱいに緑の葉を伸ばしている植物は、幼い頃に草笛にして遊んだ雑草のカラスノエンドウによく似ている。

「蕾が大きくなりはじめてる。実験成功だね!」と、壱岐さんもうれしそう

「これは緑肥用に種を蒔いたマメ科の植物です。緑肥とは、新鮮な緑色植物をそのまま土にすき込んで肥料にすること。マメ科の植物が使われることが多いんですが、地中で窒素を固定したり、有機物を増加させることで土の中の微生物の繁殖を促し、土壌をよくしてくれるんです。ここは、しばらく使われていなかった畑ですが、土地を耕し使うことこそが大事なのだと痛感しています。花を育てて土の手入れをしていると、雑草の種類が変わっていることに気づくんです。それは、植物を育てることで土壌の性質そのものが変わっていったということ。花は朽ちていく姿も美しいので、無理に刈り取ったりもしません。種がついた枝をあえて畑に放置して、こぼれ落ちた種から勝手に自生してくれたらいいな、と。こぼれ種で育った花は発芽が早いし、断然強い。そんな風にこぼれ種で自然と増えていってくれたら楽しいな、という淡い期待もありますね」(新井さん)

「ニゲラとか、センニチコウとか。素人目にはわからないけれど、新井さんの畑にはこぼれ種で自然に育った花たちが、そこらじゅうでポコポコ芽を出しているんですよ」と、壱岐さんも教えてくれる。

▼後編につづく

PROFILE

壱岐ゆかり いき・ゆかり
2010年〈THE LITTLE SHOP OF FLOWERS〉をスタート。装花、ボタニカル・ダイ、ワークショップなど気持ちを花に“翻訳”する花屋として活動。

新井聡子 あらい・さとこ
神奈川県の里山で小さな花農家〈four peas flowers〉を営む。スロー・フラワーという考え方に基づき、季節に即した持続可能な花づくりをしている。

●情報は、FRaU2022年1月号発売時点のものです。
Photo:Kazuharu Igarashi Text & Edit:Chisa Nishinoiri
Composition:林愛子

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