Do well by doing good. いいことをして世界と社会をよくしていこう

小林エリカ×キム・スム「戦争被害者の埋もれてしまった声を探し、書き留め、伝えるのが私たちの使命」【後編】
小林エリカ×キム・スム「戦争被害者の埋もれてしまった声を探し、書き留め、伝えるのが私たちの使命」【後編】
VOICE

小林エリカ×キム・スム「戦争被害者の埋もれてしまった声を探し、書き留め、伝えるのが私たちの使命」【後編】

戦争や紛争の原因は、貧困や差別はじめ、さまざま。世界が争いへと向かわないために、まずはその根源にあるものと向き合い、何が起きているのかを考えることから始めましょう。漫画家・作家の小林エリカさんと、作家のキム・スムさんの対話から、現在の平和への課題を知り、未来のためにできることを考えます。

▼前編はこちら

▼中編はこちら

沈黙も、不安な仕草や表情も、みな“証言”である

キム (戦争を経験された)2人の元女学生に面会されたとのことでしたが、その時間は小林さんにとってどんなものでしたか?

小林 おひとりは戦争の後の人生について一生懸命お話しくださって、それが印象的でした。当たり前のことかもしれませんが、彼女には戦争の前後にも長い人生がある。戦争というある一部分だけを取り出して、それ以外を見よう、聞こうとしなければ、いま目の前にいる彼女の人生を捉(とら)えることはできない。ひとりの小説を書くにあたって、もっとその向こうにあるものを書きたいと、あらためて強く感じた体験でした。

キム ひとりの人が生きた記録を誠実に、一つひとつ探して見つけ出す努力を常にしなくてはいけないんだと、いまのお話を聞いて、あらためて思いました。私も『ひとり』を出版した後、おふたりの元「慰安婦」の方にお目にかかる機会を得ました。何の話をしようかと思ったとき、「どんな色が好きか」とか、「何が一番やりたいか」。私はそんな簡単な質問をしたんですね。おふたりとも最初は戸惑って、なぜこんな質問をするんだろうと思ったそうです。

小林 どうしてそのような質問をしようと考えたのですか?

S

キム これまでおふたりに向けられてきた質問は、ある意味、彼女たちが被害者であることを証明するためのものだったと思うのです。先ほど「どこまでが被害者なのか」という範囲についての話をしましたが、元「慰安婦」の方とお話ししながら、私はあらためてそのことを考えていました。彼女たちにとって沈黙もまた証言のひとつであるということも知りました。不安な表情や仕草も証言であり、録音できる言葉だけで残せるものではない。それを知って、直接会って話を聞くことの重要さ、それを通じて表現し、伝えていくこともまた小説家の仕事ではないかと思いました。同時に、誰かに辛い過去や歴史について話を聞くとき、どんな姿勢で臨むべきか。それについて私たちはもっと悩まなくてはいけないのではないかとも感じました。

小林 語りたくても語れないことがある。でも、たとえ語らなかったとしてもそれが重要ではないなんてことは決してなくて、その沈黙の持つ重みみたいものに敬意を払いたいし、大切にしたいと私も思います。同時に、もっと早くから時間をかけてお話を聞けていればという後悔も残ります。私がお話を伺った元女学生の方は小学校時代のアルバムの寄せ書きのお話をしてくださったのですが、その後しばらくして残念ながら亡くなられました。アルバムは結局見られないままで、もしかしたら私にもっと手渡したいものがあったんじゃないかとか、もっと積極的に聞けばよかったんじゃないかとか、そういう迷いは、いまもあります。

S

キム 本当に残念で悔やまれますね。それでも小林さんは戦争について日々学び、被害者と加害者の境界線に立っている方々について取材を続けられています。その境界線上にいる人々は、大きな目で見るとやっぱりみんな戦争の被害者であることは間違いありません。そういう人たちがたしかに存在していたこと、埋もれてしまったその声を探し、伝えていくこと。自分と同じ道を志している作家がいることを知って、勇気をいただきました。

小林 私も同じです。私たちは書く言葉も属している国も、国が背負う歴史も違います。それでも同志を得たような気持ちです。私はスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチという作家を敬愛しています。彼女は「わたしは、火のついた松明を持った歴史家ではなく冷静な歴史家でありたい」ということを書いていて、「裁くのは時代にまかせましょう」と。しかもそれは、「わたしたちがいなくなった遠い時代」であると。それを読んだとき、キムさんの作品に通ずるなと思ったんです。私たちにできることは、歴史のなかで可視化されなかった人々の痛みや苦しみ、弱い立場に置かれた人たちの声を聞いて、書き留めること。それを後に生きる人に伝えることだと思っています。作家としてどれくらいのことができるのか、不安になることもありますが、今日こうして同じ思いを持つキムさんとお話ができて、本当に励みになりました。

キム 私たちは住む国も言葉も違いますが、きっと同じものを見て、同じことを書こうとしているのだと思います。このつながりをこの先も大切にしていきたいと思っています。

小林 ありがとうございます。

PROFILE

小林エリカ Erika Kobayashi■1978年東京都生まれ。目には見えないもの、歴史、家族の記憶などから着想を得て、丹念なリサーチに基づく史実とフィクションからなる小説や漫画、インスタレーションなど幅広い表現活動を行う。作品にイラストも手がけた絵本『わたしは しなない おんなのこ』(岩崎書店)など多数。

キム・スム■1974年韓国蔚山生まれ。97年に『大田日報』の新春文芸(文学新人賞)、98年に文学トンネ新人賞を受賞しデビュー。歴史の中に埋もれた人々の痛みを見つめ、人間の尊厳の歴史を文学という形で蘇(よみがえ)らせる試みを続けている。2015年に韓国で最も権威ある文学賞、李箱文学賞を受賞。

●情報は、FRaU2023年8月号発売時点のものです。

Illustration:Erika Kobayashi Text & Edit:Yuriko Kobayashi Composition:林愛子

Official SNS

芸能人のインタビューや、
サステナブルなトレンド、プレゼント告知など、
世界と社会をよくするきっかけになる
最新情報を発信中!