京の名料亭・木乃婦3代目「日本料理とは受け身の美学である」
世界で生産された食料のおよそ3分の1が廃棄される一方、飢餓や貧困に苦しむ人たちがいます。食料問題は山積みですが、その解決へのヒントは私たちの近くにありました。もったいない精神を忘れず、素材と真摯に向き合う日本料理や発酵食。日本古来の文化や美学が、フードロスを解決する手がかりとなるかもしれません。
季節に寄り添い、手間を惜しまず、自然の恵みを最大限に生かすこと。伝統的な日本料理には、数々の叡智が詰まっています。その知恵、知識、美学から、私たちが学べることとは?
素材に対して受け身になり
「足るを知る」ことが大事
世界最大の農産物輸入国として、たくさんの食料品を輸入する一方、食材を余らせたり、つかいそびれて腐らせたり。大量の食べ残しや廃棄などのフードロスも問題となっている現代の日本。その解決のヒントが、日本の伝統的な料理にあるかもしれないと、創業85年の京都の名料亭「木乃婦」の3代目、髙橋拓児さんに話をうかがった。
木乃婦は旬の魚介類や野菜をつかい、手間をかけた繊細な味つけの料理を出している。しかし贅を極めた料理かというと決してそうではない。髙橋さんは言う。「日本料理の基本は、足るを知るなのです」。根底にあるのは精進料理の考え方だ。
「精進料理とは、人間が一日に食べるミニマムサイズの料理。必要量を最小限まで削ぎ落としたものです」
「自分にとっての底、つまり最小限の量を知っておくことが、とても大事なのです」と髙橋さん。
「日々、必要なエネルギー量は違います。家庭なら一汁一菜を基本に、今日はよく動いたから焼きものを足そう、ごはんを足そうというふうに、その日の活動量に合わせて量を調整すればいい。それ以上は必要ない。それが、足るを知るということなのです」
現代人は、欲張りすぎなのかもしれない。
「よく食べる必要があるのは祭事ですね。からだを動かし、神経をつかうから、ものすごくエネルギーがいる。だから祭祀の後にみんなで食事をとる直会(なおらい)では、ひたすら食べるんです」
祭事は、12ヵ月や二十四節気の節目ごとにある。つまり季節の移り変わりに合わせて、必要なカロリーや栄養をとるということにつながっているのだ。
「反対に、そうしたエネルギーを摂るのは月に一度程度でいいということ。贅沢をしすぎると、動きが緩慢になり、感覚は鈍くなってくる。お腹が空いているときって、やたら神経が張っているでしょう? ふだん考えないことを突き詰めて考えてみたりする。実はその緊張感が生き残るために必要なんです」
世界には断食を課す宗教も多いが、「それも必要だからこそ」と髙橋さん。
「人間の体は本来、飢えをベースにできています。定期的なサイクルで飢えた状態にして、体をリセットすべきなのかもしれません。ふだん肉を摂らない人がたまに食べると、体の中をエネルギーがうわーっとめぐるのがわかるそうです。命を食べるって本来はそういうことなのに、私たちは麻痺してしまっている」
現代の日本社会はむしろ飽食であり、飢えという感覚は欠乏しているかもしれない。
「禅でも断食はありますよ。デトックスなんていうけれど、日本にはすでにあった哲学ですね。本質は同じことだと思います」
髙橋さんは「日本料理の美学は受け身であること」だと言う。
「料理人や料理自体が主張するのではなく、食材やお客さまに対して受け身であるのが日本料理。現代人は食材とのコミュニケーションが足りていないんじゃないかなと思います。自分の表現のために食材を探し出すのではなく、この時期にある食材をどうやっておいしくしようかと考える」
食材に対して真摯に対等に向き合うと、おいしさを引き出す工夫をするようになる。
「おいしい食材をおいしく仕上げるのは簡単ですが、あるものを工夫しておいしくすることが大切。これは炊くのには向かないから焼こうか、渋いから糠(ぬか)でゆがこう、パサついているなら油を足そう。そんな工夫ができれば、フードロスもなくなるかもしれません」
そのためには、食材や調理法に対する知識と経験が必須。
「食材に対して受け身ですからね、一見同じ料理でも、味のバリエーションは多い。それが日本料理なんです。冬にはかぶを炊いたものが毎日出てくる。だけどそのかぶの産地、水分量、サイズなんかによって、切り方も火の通し方も変わってくる。出汁(だし)につかう昆布の質も違うかもしれない」
ハレとケでいえば、ハレのものは30km以上離れた場所でしか採れないものを、そう呼ぶそうだ。
「京都は海が遠いから昆布も鰹節もハレの食材。近所の田畑や川でとれるものはケ。つまりハレとケは環境によって違うんです。だからケがベースである郷土食は多種多様なんですね。京都は山紫水明で水には困らないけど、食材は意外に少ない。だからこそ、さまざまな工夫がうまれて料理が発達したんでしょう」
自分の底を知り、感覚を研ぎ澄ませて工夫を生み出す。贅を尽くすのではなく、足るを知ることで、食材をムダにせず、存分に味わう生き方ができるようになる。
「意識し続けることで少しずつ変わっていきますが、いつも気が張っているのはしんどいでしょう。ムリをしては続きません。できる範囲でやることが大事なんだと思います」
●情報は、FRaU2021年1月号発売時点のものです。
Photo:Norio Kidera Text:Shiori Fujii Edit:Chizuru Atsuta
Composition:林愛子