ジェーン・スー×田中俊之「男女平等が進まない、本当の理由」【中編】
社会的、文化的に形成された、ジェンダーという概念。心理的な自己認識や置かれた環境によって一人ひとりが抱く問題意識は違います。「バイアスと向き合う」を軸に、コラムニストのジェーン・スーさんと社会学者の田中俊之さんに語り合ってもらいました。
「平日昼間問題」に見る
ジェンダーバイアス
スー 男性も得をしているのは一部だけですし、男女問わず苦しい状況にいる人たちの生活はさらに追い詰められている。その点でも単純な男女軸で話すのにはもう限界がありますよね。男女の不平等について、最近は啓蒙するというより、情報を置いておいて、反応する人をコツコツ増やすしかないなとも思います。私がよく男性に話すのは、「賃貸物件を探すときに『1階を除く』という項目があるのを知っていますか?」ということ。ほとんどの男性が知らないし、知ったとて、その項目の意味することが想像できない人もいる。
田中 残念ながら、いそうですね。
スー 女性が1階の居室を選びづらいのは、女性が住んでいるとわかると、泥棒などが入る可能性が上がるから。生存していくうえでのリスクが、そもそも男女で違うんですよね。
田中 男は「1階で安くてラッキー」ですむ話が、女性は命に関わるリスクなる。性差によって選択肢が限られてしまっている、という話なんですよね。
スー 一方で、男性への理解されづらいジェンダーバイアスもありますよね。
田中 僕が市民講座でよく話すのは「平日昼間問題」ですね。平日の昼に学校卒業以降から定年前までの男性が街でウロウロしていると、それだけでちょっと怪しく見えてしまう。最近もあったんです。公園で遊んでいたウチの息子を、もうサッカー教室の時間だからとつかまえて自転車に乗せていたら、息子が「誰か助けて!」と叫んで。
スー シャレになんない(笑)。
田中 僕はおじさんなので、周囲はざわっとします。でも僕が女性だったら「親は大変だなぁ」ですむと思うんです。そういうレベルのジェンダーバイアスは至るところにあると思いますね。
スー 平日の昼間に男性が公園にいるとなぜギョッとするのか? 見たことがないからですよね。先日聞いた話で、専業主婦のお母さんがいる家に子どもの友達が遊びに来て「君んちの母さん、なんでいつも家にいるの?」と言ったそうです。あー、すごい時代が変わったなぁって思いましたね。女性の駅員さんだって、昔はほぼいなかったですが、いまは当たり前。とにかく目にすれば信じられる。人の脳ってそれぐらいいい加減だと思うんです。だからクオータ制度(議員、会社役員などの一定割合を女性に割り当てる制度)も、有無をいわさずやったらいい。見れば納得しますから。
「ふつう」「常識的に考えて」は
社会からの刷り込み
田中 こうした対談をしていると、「何に気をつけたらいいですか?」という質問をよく受けるんですが、それは危険だと思います。質問に対して「こうしましょう」と言い切る人が出てくるから。すごくインチキだなと思います。
スー ズバッとは言えないですよね。
田中 言えないです。ジェンダー平等の文脈で、わかりやすい線引きなんてできるはずがない。たとえばセクハラ行為のひとつに女性にお茶汲みをさせることがありますが、その場で手が空いている人がひとりしかいなくて、それがたまたま若い女性だったらどうするか。誰か別にできる人がいないか探し回るのか。問題の本質を理解せずにマルバツ式の思考に陥った結果、がんじがらめになってしまうんです。
スー そして、ジェンダー平等は息苦しい、やっぱり性別で役割を分けたほうが楽じゃないかと言い出す人が出てくる。でも、楽なのは誰だよって話。結局それで選択肢が狭まるのは女性のほう。一部の人は楽かもしれないけど、こっちはそうでもないのよって。ここで踏ん張らないといけないですよね。
田中 大変ではあるけど変わらないと。
スー これからは“意識の更新”をしていかないと、生きづらくなる事は間違いないですよね。これまではマイノリティ側が自分用には設計されていない世界をサバイブしていく大変さがありましたが、今後はマジョリティ側が新しい価値観を受け入れられないことで、嫌悪感を抱いたり、おかしいと思うことが増えて居心地が悪くなっていく。快適に生きたかったら、意識を変えるしかない。
田中 この話は2年前もしましたよね。
スー OS問題ですね。
田中 OSのバージョンアップに対応してない旧式パソコンに新しいソフトを入れても動かない。OSと同時に本体も新しくする必要がある。
スー だって、このご時世、調べようと思えば、いくらでも自分で調べられるわけですから。それでもどっしり座って、教えてくれっていう態度の人は取り残されてしまう。しかもこの理論は、強者が弱者にずっとやってきたこと。頑張ればいいじゃないかとか、弱い奴は仕方がないとか。その刀がそのまま自分に返ってきている。主体的に動かない人は、厳しい言い方ですが、置いていかれてしまう。私たちぐらいの年代で続々と脱落するメンツが出てくるはずなので、同世代やそれ以上の年代に対しては、もうお尻に火がついてますよって感じです。
田中 そうですね。そして、その忠告は自分自身にも向けている。
スー もちろんです。自分の中にもバイアスがあると自覚していますから。
田中 僕もいまだに自分のジェンダーバイアスに気づくことが多々あります。
スー ないと言い切る人は疑わしいですよね。あることを意識して生活するしかない。私がついこの間気づいたことは、「ちゃんとしてる」という指標。ある一定の年齢を超えた人に対して、子どもを育てているとか、責任を持って誰かの面倒をみていることを、ちゃんとした大人の指標のひとつにしていたんです。しかも、そこに自己犠牲が伴っているケースを評価しがちだった。子どもが5人いて、母親は外でバリバリ働いていて、住み込みの家政婦が2人いるという状況を、すごいとは思っても「ちゃんとしてる」とは私は言わないだろうなと。でもそれって、家族主義や家父長制を助長しかねない。その価値観を推し進めていくと女性が外に出づらくなって、確実にジェンダーバイアスにつながります。そうした自分の考えに気づいて「やばい、撤回!」となりました。
田中 だから、ワンストライクでアウトではないんですよね。自分にそういう側面があったからといって、ダメな人間だと自己否定したら、ジェンダー問題を学ぼうとする人がいなくなる。
スー 怖くて何も話せなくなりますよ。
田中 差別的な発言をしたから、あの人はもうダメみたいになると、ただただ息苦しい社会になる。僕も、コロナ禍で大学の授業がオンライン化して一日中家にいることが増えたんですが、ようやく家事の総量を理解しました。それ以前も家事や育児をやっているつもりでしたが、ぜんぜんわかっていなかった。赤ちゃんがいるとトイレも食事もままならない。子育てをする女性への理解不足を痛感しました。
スー そうやって指差し確認していくしかないですよね。自分のバイアスに気づくという意味では「ふつう」とか「常識的に考えて」といった感覚も注意。それらは、自分が育ってきた環境でのふつうでしかないですから。社会からの刷り込みであることが多い。そう意識するだけでも、すいぶん変われます。
▼後編につづく
PROFILE
ジェーン・スー Jane Su
1973年生まれ。作詞家、コラムニスト、ラジオパーソナリティー。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』で第31回講談社エッセイ賞受賞。近著は『女のお悩み動物園』『これでもいいのだ』など。パーソナリティーを務める番組にTBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』やPodcast『ジェーン・スーと堀井美香のOVER THE SUN』がある。
田中俊之 Toshiyuki Tanaka
1975年生まれ。社会学者。働きすぎ、自殺など、男性だからこその悩み・葛藤を対象とした学問「男性学」を研究。大正大学心理社会学部人間学科准教授。内閣府男女共同参画推進連携会議有識者議員や渋谷区男女平等・多様性推進会議委員も務める。著書に『男子が10代のうちに考えておきたいこと』『中年男ルネッサンス』『男性学の新展開』。
●情報は、FRaU2021年8月号発売時点のものです。
Photo:Tada (yukai) Text:Akiko Miyaura Edit:Yuka Uchida
Composition:林愛子