環境先進国であり、SDGs達成度ランキング2021でも世界６位にランクインしているドイツ。トラベルライターの鈴木博美さんが、そんなドイツのサステナブルを巡ってレポートします。シリーズ最終回に訪れるのは、首都ベルリンからほど近いネイチャースポット。地域の人々が愛する世界遺産の森を散策します。

湿地帯とブナ原生林「自然保護区グルムジンの森」のウォーキングツアー

ドイツ人にとって、森はとても身近な場所。国土に占める森林の割合は日本よりずっと低いにもかかわらず、緑豊かな印象を受けるのが不思議だ。ドイツの人たちは、家族や友人、犬と、ときにはひとりで、森林の中をよく歩いている。そうして自然の美しさを満喫することが、生活の一部になっているのだ。

今回参加するのは、最終氷期の氷河によってつくられた窪地に広がる湿地帯とブナ原生林「自然保護区グルムジンの森」のウォーキングツアーだ。ベルリンから車で北東へ約1時間余り、電車ならベルリン中央駅から 1時間弱、アンガーミュンデ駅で下車しバスで10分ほど。ここは全18ヵ国にまたがる世界遺産「カルパティア山脈とヨーロッパ各地の古代及び原生ブナ林」の一部で、ドイツ国内に残る古代ブナ林のうちのひとつだ。駅でガイドのトーマス・ヴォルパースさんと待ち合わせて、森の入り口へ向かった。

森林地域には349種類の高等植物（シダ植物、種子植物など）が確認され、絶滅の危機に瀕するツルやクロコウノトリといった大型鳥類の繁殖地になっている。自然保護活動や巧みな森林管理によって貴重な生態系が維持されているのだが、取り組みはただ遺産を守り保存するだけにとどまらない。「その美しさを誇示することも大切なんです」と、生物学者でもあるトーマスさんは話してくれた。

森で出会える生物や植物の話を聞いていると、さっそく向かいにある牧場の柵の隙間からこちらをじっと見つめているキツネに出会った。

ウォーキングツアーは、広大なライ麦畑からスタート。青空の下に広がるライ麦畑、畦道（あぜみち）の脇には白いエルダーフラワーやピンクのバラが咲き誇っている。まるで映画のワンシーンのような美しさだ。緑の草むらでは、遠くに数羽のツルを確認できた。一帯はツルの繁殖地としても知られていて、観察台が設置されている。

40分ほど歩くと、ポツンと一軒のカフェがあった。店内はギャラリー＆スタジオになっていて、アートとドリンク、ケーキが楽しめる。自家製のエルダーフラワーソーダやビールなどもあり、景色を眺めながらクールダウンできる。庭では養蜂をおこなっており、ミルクのような独特の白さをもつ自家製の生ハチミツも買える。ひと瓶500gと、これからウォーキングが続くことを考えると少々重めだが、ハチミツ好きなら買わずにはいられない。この色ツヤの、なんと魅力的なことか！　ちなみにドバイから来た参加者は3つ（合計1.5㎏！）も購入していた。

カフェを出て牧草地をしばらく歩くと、いよいよ背の高い木々が茂る鬱蒼（うっそう）としたグルムジンの森に入る。約１万1000年前、最後の氷河期を生き抜いたブナの森だ。最終氷期が終わると、氷河に覆われていたヨーロッパに森林が広がり、6500年前にはヨーロッパの40%をブナ林が占めていたという。そのほとんどは人間によって伐採され、跡地は農地や都市などに転用された。人の手が入っていない原生林はきわめてまれで、残されたブナ林は多くは貴族の狩猟場や保護区となった。この地域はかつて政府所有の狩猟場だったそうだ。 1990 年以降はユネスコ生物圏保護区となり、一般利用が制限されていたため、このエリアはブナ林保護の重要性を証明しているという。

倒れた巨木たちは森の天蓋に隙間をつくる。光が差し込むところでは、若い木が上に向かって伸び、隙間を埋めようと競い合っている。

ときおり、氷河時代の窪地に水が溜まってできた大小の沼や湖が出現し、水際では、ビーバーがつくったダムや、彼らがかじった痕が残るブナの木も見られる。ビーバーは夜行性なので昼間に出会うチャンスは少ないが、その息吹を感じられてハッピーな気分に。

ドイツを代表する大都市ベルリンのすぐ近くに、氷河期以降の生態系や生物の進化過程を感じられる森が広がっているとは、なんて贅沢なのだろう。ドイツを訪れたら、古城やビールだけではなく、豊かな自然にもぜひ触れてみてほしい。

text:鈴木博美　協力：ドイツ観光局