砂漠の民の暮らしに学び、化石をつうじて大地と対話する。サハラ砂漠の荒野で体験する、究極のエコトラベル
サハラ砂漠の玄関口のひとつ、モロッコ東部の村メルズーガは、マラケシュやフェズからアクセスできる観光スポット。「砂丘以外に何もない場所」ではあるものの、人と自然が長い時間をかけて築いてきた、共存のかたちがいまも息づいています。ラクダに揺られながら迎えるサンセット、先住民族ベルベル人たちの歌と踊り、満天の星と満月に照らされる夜、朝日が昇る夜明けの砂丘――。メルズーガには、過剰な便利さと無縁の、驚くほど豊かな時間がまっていました。消費する観光ではなく、地球と対話する時間。砂漠が教えてくれる、究極のエコトラベルを体験してきました。
ラクダの背中に乗って眺める、壮大なサンセット
モロッコの古都フェズを出発、車はひたすら南を目指す。雪がちらつく高原の避暑地イフランを抜けると、うっすらと雪化粧をまとったアトラス山脈が姿を現した。やがて、車窓からグランドキャニオンを思わせる切り立った断崖が連なる大地が見え、さらに進むと、モロッコ最大のオアシスを抱くジズ渓谷が見えてくる。ナツメヤシの並木道を背景に、牧夫に導かれた山羊の群れが道路を横切っていった。
砂漠ツアーの起点は、サハラ砂漠のオアシス都市エルフードだ。ここで4WDに乗りかえて10分ほど走ると、果てしなく続く広大な砂丘にある、メルズーガ村にたどりつく。到着してまず感じたのは、感じたことのないほどの「静けさ」だ。雑音や情報、広告といった人工的なものがすべて削ぎ落とされ、ただ風の音だけが聞こえる。

ラクダに乗って、さえぎるもののない砂の大地を進む
夕暮れ時、ラクダに乗って砂丘へ向かう。アップダウンの激しい道なき砂の世界を、隊列を組んでゆっくりと進む。足元の砂がかすかに鳴り、遠くで風が動く音だけが響く。やがて砂の色は金色から赤へ、そして紫がかった影へと移ろっていく。その変化のなかに身を置き、自然のリズムに身を委ねる。

静寂のサハラ砂漠に、太陽がゆっくりと沈んでいく
エンジン音も、排気ガスもない移動。砂丘と空の圧倒的な広がりは、言葉を失うほど静かで、いつまでもまぶたの奥に余韻が残る美しさだった。
満月の下で過ごす砂漠の夜

日没とともに、砂漠がゆっくり夜の闇に包まれていく
日が沈むころ、キャンプサイトに小さな焚き火が灯る。砂漠の夜は驚くほど冷え込み、ぬくもりを求めて炎の周辺に人が集まってくる。やがて北アフリカに古くから住むベルベルの人々が太鼓を手に集まり、軽快なリズムが夜の砂漠に響き渡る。低く響く打音と歌声は、脈々と続く彼らの歴史と日常を垣間見せてくれた。

キャンプサイトに宿泊するツアー客全員で、砂漠の夜の宴を楽しむ
誘われるまま踊りの輪に入り、ぎこちなく身体を揺らすと、周囲から満面の笑顔が返ってきた。言葉が通じなくても、リズムと動きだけで十分。シンプルな音楽と料理、そこに集う人々だけでもてなしは完成される。ベルベルの人々は、長いあいだ砂漠とともに生きてきた。ラクダに乗って移動し、必要以上のものは持たず、自然の変化を読み取りながらの暮らし。その文化は、環境と対立しないための知恵の結晶だ。

テント内はエアコン、シャワー、洗面台、水洗トイレ完備。快適に滞在できる
夜は砂漠に設えられたテントで眠る。設備はひと通り整っていて快適そのもの。砂漠では水は貴重な資源のため、つかう量を自然と意識する。
テントの外に出ると、頭上には無数の星が瞬いていた。人工の光がほとんどない砂漠で、満月が砂丘を淡く照らし、影が静かに伸びる。聞こえるのは、風が砂をなでる音と自分の呼吸音だけ。砂漠で過ごす一夜は、サステナブルを身体で理解する体験だった。
化石を掘りながら“地球の記憶”に触れる
早朝にテントを出ると、夜の冷気をまとった砂が足元で鳴り、東の地平線が淡く色づいていた。やがて太陽が顔を出し、砂丘は一斉に表情を変える。黄金から淡いピンク、そして白へ移ろうようすは、サンセットよりも美しく思えた。

壮大な砂漠のサンライズ
時間は流れているが、急かされることはない。サンライズを眺めていると、「何をするか」より、「どう在るか」を、砂漠に問われているような感覚になった。
日が昇りきったところで、砂漠に暮らすベルベルの家族を訪ねた。土とワラでつくられた簡素な住まいには、目を引く装飾はほとんどない。けれどもその空間には、文化と伝統、確かな生活のリズムが息づいていた。

ベルベルの家族は限られたものをわかちあい、自然とともに暮らす
突然の訪問にもかかわらず、彼らはごく自然にミントティーと素朴なお菓子を振る舞ってくれる。その笑顔や仕草から、歓迎の気持ちが伝わってきた。水も電気も限られる彼らの日常は、天候や自然条件に大きく左右される。それでも彼らは、不足を嘆かず、必要な分だけを受け取り、自然と折り合いをつけながら生きている。砂漠は奪う場所ではなく、ともに生きる場所なのだ。

人の暮らしの足元に、はるかな地球の記憶が静かに眠っている
ツアーは再び、オアシス都市エルフードへ。このまちは化石の宝庫として知られ、化石を扱う店が軒を連ねている。それぞれの店の前で化石掘りが体験でき、ちょっと掘れば魚の骨やアンモナイトの化石が出土してビックリ。ノミとハンマーを手に地層に向き合い、数億年前の生物と出合う。いまは砂漠が広がっているが、かつては海の底だったことを示す証が、岩肌の奥に眠っているのだ。
人間の営みなど一瞬にすぎないほど長い時間を内包し、砂漠はただそこにある。人間は自然を所有する存在ではなく、その一部にしか過ぎない。そんな当たり前の事実を、身体で理解できた。
サハラ砂漠は、人と自然の関係を“あるべき距離”へと戻してくれる場所だ。地球と対話するように旅をする。メルズーガは、エコトラベルの原点を教えてくれた。
協力:モロッコ環境局 photo&text:鈴木博美




