“バルト海の真珠”世界遺産リガを歩く。中世の迷路とアールヌーボーの宮殿へ
ヨーロッパのなかでは比較的物価が安く、治安もいい、そして親日でやさしい人が多いラトビア。その首都リガは “バルト海の真珠”と呼ばれる世界遺産です。旧市街には中世の町並みが広がり、新市街にはアールヌーボー建築が世界有数の規模で並びます。一日のしめくくりには、古い薬局跡で伝統の薬草酒とチョコレートで癒しのひとときを。一歩ふみだすごとに時代が変わる、万華鏡のような街歩きを、ぜひご一緒に。
赤い屋根と石畳の迷路。「聖ペテロ教会」からはじまる時間旅行
コツ、コツコツ、コツ、コツ。石の道に靴音がひびく。13世紀から続く石畳の上を歩きだせば、時間旅行のはじまりだ。
“バルト三国”として、北にエストニア、南にリトアニア、その中間に位置するのがラトビア。首都リガの歩き方を調べると、「中世の街歩きツアー」「アールヌーボー建築ツアー」「季節の墓地ツアー」など、おもしろそうな街歩きのヒントがたくさん見つかる。
リガの見どころは大きく分けて2つ。13世紀から続く「旧市街」と19世紀から発展した「新市街」だ。まずは旧市街の「聖ペテロ教会」の尖塔(せんとう)にのぼってみよう。

旧市街にある13世紀創建の「聖ペテロ教会」

高さ123mからの眺め。世界遺産の町並みとダウガヴァ川、バルト海が見える
赤い屋根は旧市街。遠くにかすむ白っぽいのが新市街。「戦争で破壊された部分もありますが、多くが復元されました」と聞く。古いものと新しいものが隣り合う、それがリガの魅力だ。
地上に降りて、地元の人に聞いてみた。パリならエッフェル塔、ローマならコロッセオ。じゃあリガなら? 「そりゃあブラックヘッドハウスでしょう!」。訪ねてみると、なるほど、旧市街きってのゴージャスな建物です。

左:ルネサンス様式の豪華なファサード/右:そばにはリガの守護聖人「聖ローランド像」もある

ドイツの商人や騎士たちの影響を受けたという旧市街
建築は時代の鏡。経済や文化、当時の空気、人々の好み、あらゆるものが反映される。リガはもともとバルト海に面した天然の港として栄え、13世紀にドイツ人によって築かれた。ゆえに、町並みは「ドイツよりドイツっぽい」と評されたりする。のちに、リガはハンザ同盟というギルドに仲間入りして、さらなる成長を遂げていく。
ギルドといえば、旧市街の「ネコの家」にはおもしろいエピソードがある。ズバリ、“ネコのおしり事件”だ。

いたずらっぽいネコたちが屋根の上から街を見下ろす「ネコの家」
建物の主人がギルドに入会を拒否されて、屋根のネコはプイッとギルドにおしりを向けた。その後、主人の入会が認められるとネコはくるんと向きを変え、友好的な姿勢になったという。反撃の手段がネコってちょっとかわいい。
これと同じくらい有名なスポットが「三人兄弟」だ。右から、シンプルで質実剛健な長男(ホワイト)、大きくて明るい次男(イエロー)、ヨーロッパのトレンドを取り入れたおしゃれな三男(グリーン)と、建てられた時期や建築様式のちがう3つの建物が寄り添っている。

リガで最古の住宅建築群「三人兄弟」
ちなみに、長男が建てられた15世紀は、窓の面積によって課税された(つまり窓税!?)ため、窓が小ぶりだ。次男が建つころにはこの税は撤廃され、これでもかと窓が開いている。眺めていると、どこからか男性があらわれてラッパの演奏をはじめた。「聞いてしまうとお金をとられます」と教わり、あわてて退散。美しい街にもいろんな事情がある。
古い看板、扉はどれだけ見ても飽きない。小さな庭も美しい。やがて、地下や半地下の建物が多いことに気づく。

「グリーンのフロアが、かつての1階部分です」(案内人・オレグスさん)
なんと、木造建築が燃えおちた際の廃材や日常の廃棄物などがどんどんと積みかさなった結果、街の標高が3〜8mほど上がったのだという。文字どおり、起伏に富んだユニークな景観だった。
800ものアールヌーボー建築が並ぶ”世紀末芸術”の街

ブルーが美しい宮殿! ではなく「ストックホルム経済大学リガ校」
ゆっくりと歩いていくと、直線的だった中世建築から曲線美の世界があらわれる。旧市街がドイツなら、新市街はまるでパリ。リガには、なんと約800ものアールヌーボー(ユーゲントシュティール)建築があるという。
とくに「アルベルタ通り」と呼ばれるストリートには、有名な建築家ミハイル・エイゼンシュテインの手によるアールヌーボー建築が集結している。
アールヌーボーはもともとベルギーやフランスで一世を風靡(ふうび)し、その後、産業革命の恩恵で大発展していたリガでも大流行。19世紀から建築が進み、世界でも屈指の規模となった。

アールヌーボーは驚きに満ちていて、とにかく美しいから好き!」とリーガさん
波うつ優美な曲線、ミステリアスな巨大な顔面、やさしげな女神、華やかな花、有機的にうねる植物。一つひとつの装飾に物語がある。職人たちの遊び心と誇りが、100年経ったいまも輝いている。
「ふつうのグラスはつまらないけど、お花をつけるだけで飲むことが楽しくなりますよね。アールヌーボーは、ありふれたものを特別に変えてくれる魔法です」(リーガさん)
パステルグリーンにピンク、クリームホワイトの住宅街がつづく。まるでヘンゼルとグレーテルのお菓子の家の進化版に見えてくる。エレガントな空気を胸いっぱいに吸いながら歩くのが楽しい。

アールヌーボー地区のネコは、座る場所もおしゃれだった
中世の地下薬局へ! 薬草酒とチョコレートの名物カフェ
キィッと扉をきしませて中に入る。赤いソファのあるクラシカルな空間が奥まで続く。ショーケースの中には宝石のようなチョコレートが輝いている。ここは地元で有名な「ブラックマジック」。新市街から旧市街に舞い戻り、ふたたび中世のミステリアスな舞台に身を投じよう。

18世紀の薬局を再現した店内。特製レシピのチョコやケーキも名物
ここは伝統的な薬草酒、リガ・ブラックバルサムの発祥地だという。聞きなれない名前のお酒だが、これは18世紀の薬剤師アブラハム・クンツェが、治療効果のある薬草のエキスをブレンドしてつくったもの。「こりゃうまい!」と当時のリガで大流行したのだそう。
メニュー表にはさまざまなカクテルがあって、リガ・ブラックバルサムがバッチリつかわれている。チョコレートは1粒から注文でき、12星座がモチーフになったものがあったりして、ちょっと魔術的だ。

リガ・ブラックバルサムのカクテルと12星座のチョコレート
薬草のカクテルは、ほろ苦くて、甘くて、深い。ちびちび飲んで、最後のひとしずくまでなめとりたい。今日じっくり歩いたリガの町がまさにこんな印象だった。薄暗い照明、古い家具、薬草の香り。歴史を感じながら飲むお酒は格別だ。

本棚を押すと、その奥には隠し階段が。地下のバーにつながっていた
まわりを見れば、リガの地元っ子たちがゆったり杯を傾けている。キャンドルの炎が揺れて、影が踊る。なんてロマンチックなチルタイム。こんなカフェが身近にあるなんてうらやましい!
名前通りの“ブラックマジック”にすっかり酔いしれ、魔女の気分で店を出ると、奇しくもこの日はハロウィン。天使に悪魔、オバケにバナナ(!)が楽しげに歩きまわって、町ごとふしぎな魔法にかかっていたのでした。

ラトビアのハロウィン・スナップ。みんな仮装してムービー撮って楽しそう!
Photo & Text:矢口あやは




