在日外国人女性とその子どもたちが「好きな未来」を描けるように(後編)
在日日系ペルー人女性たちとともに「SOL LUNA」ブランドとしてデコレーション(飾りつけ)グッズを企画・制作・販売しているAdelante(アデランテ)の堀口安奈さん。社名は「前に進む」を意味するスペイン語です。この活動に至るきっかけや自身の半生について、私たちが外国人と共生するためにはどうすべきかなどを伺いました(後編)。
小学生の段階で大学進学をあきらめる現実
日本人の父とコロンビア人の母をもつ「ダブル」の堀口さん。大学時代、母語であるスペイン語を使って、外国にルーツをもつ子どもたちや在日日系人女性たちに、母語や日本語をボランティアで教えていた。そのとき出会った小学生から言われた言葉が、いまも忘れられないという。
「『安奈ちゃんは私と同じダブルなのに、なんで大学まで行けたの?』と尋ねられたのです。『どうして、そんなこと聞くの?』と言うと、『私の家はお金がないから、大学なんて絶対に行けない。パティシエになりたいから専門学校に進みたいけど、それも無理だと思う』と。10歳に満たない子にそんなことを言わせてしまう社会自体が、非常にショックでした」(堀口さん、以下同)
子どもたちが小学校の時点でそう悟らざるをえない現状を見て、なんとかしたいと思った堀口さん。
「私はたまたま父が日本人で安定的に仕事をしていたので、経済的には不自由なく過ごしてきました。しかし、私と同じように外国にルーツをもっていて日本で暮らす子どもたちのなかには、厳しい境遇の子も数多くいます。解決するためには、子どもたちに勉強を教えるだけではなく、親の経済状況を改善しなければならないと感じたんです」
そう考えるきっかけとなった、自身の経験を話してくれた。
環境が急変! 受け入れられない自分がいた
「私が高1のときに、整骨院を営んでいた父が病気で倒れました。そのため事業の状況はどんどん悪化し、高2のときには整骨院をたたむことになったのですが、ものすごい額の借金があることが明らかになりました。
それでも周囲の友だちなどは、まさか私の家にお金がないとは思っていないから、『何校すべり止めを受ける?』『大学に入ったら、留学に行く?』など、進学に関する話題もお金のことを気にするようすもなく話すので、『うちはお金に困っているから』とは、なかなか言い出せません。
周りにももしかしたら、同じ境遇の子がいたかもしれません。でも、家庭の経済的な事情がある子がいたとしても、なんとかバレないようにごまかそうとしてしまうんですよね」
大学受験を控え、よりセンシティブになっている思春期の少女にとって、環境の急変は受け入れがたいものだった。
「父はいちから仕事を探さなくてはならず、高齢で新しい仕事に慣れるのも大変だったと思います。母は3つほどパートを掛け持ちして家計を支えてくれました。私はずっと、両親ががんばる背中を見ていました」
大学受験の際にネックになったのが、1校につき3万円ほどかかる受験料。受験校数を絞った堀口さんに対して、高校の先生は進路相談の際に、「なぜ3校しか受けないの?」と尋ねたという。
「3校でも9万円と、わが家にとって大金です。でも、家にお金がないからとは当時の私は言えなくて。いまだったら『先生、実は困ってるんです』と相談もできるのですが……。私はその後、たまたま奨学金という制度があることを知り、大学進学をあきらめずにすみました。けれども多くの在日外国人家庭の子どもは、そういうシステムがあること自体を知りません。
子どもに、奨学金という借金を背負わせることが正解なのかどうか、私にはわかりません。しかし、小学生の段階で自分の将来を悲観しなければならないなんて、とても悲しいことです。やはり親が経済的に安定しないと子どもは選択肢すらもてないという現実を知り、保護者である在日外国人女性の支援ができる方法を探ることにしました」
“好き”を仕事にし、可能性とやりがいを見出す
堀口さんがこだわったのは、単に雇用を生み出すだけではなく、彼女たちがやりたいことや、好きなものを大切にすることだった。
「ずっと苦労してきた彼女たちにやりたいことがあって、その細やかな配慮やスキルを活かすことでビジネスにつながる可能性があるなら、それに賭けたいと思ったんです。アデランテは自己資金で運営しているので、まだまだ小さな会社ですが、昨今ではインスタグラムの流行で、子育て中のママなどに飾りつけの文化が定着しつつあります。そのおかげもあり、ビジネスはなかなか好調です。第1子の記念日でつかってみたらよかったからと、またその方の第2子の記念日にも購入してくださる。そんなお客さまがたくさんいらっしゃることが、とてもうれしいです」
「SOL LUNA」が販売する飾りつけのアイテム、たとえばペーパーファン(紙でできた扇状のデコレーションアイテム)は、プリントではなくマスキングテープで柄を表現している。プリントでは出すことのできない、立体感が魅力だ。手づくりの温かみがありつつも、ユーザーへの思いやりに満ちていることが感じられる。
「一緒に働いているペルー出身のスタッフたちには、小学生から高校生くらいまで、さまざまな年齢の子がいます。その子たちが将来を悩んでいたり、家にお金がなくて困っているようすを見ると、心が痛みます。私には、その気持ちがよくわかるので……。10代のころの私は、自分の家が経済的に困っているという事実を認めることが難しく、現実逃避していました。
いまになれば、母が仕事で疲れているとき、もっと私にできることがたくさんあったと思うのです。けれども、当時の私は何もできなかった。そんな後悔もあり、同じように大変な思いをされている方に手を差し伸べられることそれ自体が、私の原動力になっているのだと思います」
「自分はたまたま運がよかっただけ」と堀口さんは言う。
「進路を示してくれた恩師や周囲の方のおかげで、私はここまで来られました。スタッフの子どもたちが何かを叶えたいと思ったときに、そのきっかけとなるひとりになれたらうれしいです」
では、在日外国人に対して、私たちができることはあるのだろうか。
「コンビニエンスストアでは多くの留学生がアルバイトをしていますし、コンビニで売っているお弁当やサンドイッチの多くは、工場で在日外国人の方がつくったものでしょう。まずは、私たちの便利な生活の裏に、多くの外国人がいることを知っていただきたい。そうした認識を広げていくことも、私の課題のひとつなのです」
Text:市村幸妙