邪魔者の「牡蠣殻」で水をキレイに! 「牡蠣県=広島」でのチャレンジ【前編】
牡蠣(かき)の生産量は、広島県が日本全国の約6割を占めています。量にすると、年間およそ2万トンのむき身を出荷していますが、その分、不要な牡蠣殻も出ています。その量はなんと年間数千トンとも。廃棄処分するしかなかった牡蠣殻を、どうにか活かせないか……。広島県では、さまざまな人や企業が立ち上がり、いまでは、いろいろなところで牡蠣殻の有効利用が行われています。
〝牡蠣殻のチカラ〟で生まれた環境にやさしいトイレ
行楽地やアウトドアなどの公共トイレ。汲み取り式で臭いも強烈、使用するのもはばかれられる……というのは、昔の話。昨今では、屋外のへんぴな場所でも清潔な水洗トイレが設置されている。よくあるのは浄化槽で汚水を処理し、ある程度キレイになった水(排水)を川などに流すシステムのトイレだが、それとは違う循環式で〝排水を出さないトイレ〟という画期的なシステムがあるのをご存じだろうか。
「一般的な浄化槽のトイレは、国が定めた一定の数値まで汚水を浄化すれば、川などに流していいことになっています。しかし浄化されているとはいえ、やはり、その水は少なからず汚れていて、アオコ(微細藻類の一種)の発生などの原因になってしまいます。つまり汚水が流れ込むことで、川や池が汚れてしまうということです。しかし当社で開発したトイレシステムは、微生物の力でし尿を分解・浄化し、これを洗浄水として再利用。つまり排水を出さないトイレなので、環境を汚してしまうことはありません」(永和国土環境 海外事業部長・岡本修次さん、以下同)
SDGsの6番目の目標「安全できれいな水とトイレを」の実現につながるトイレシステム。開発した広島県福山市の永和国土環境は、もともと公園設計や整備といった土木コンサルティングを行ってきた企業だ。その業務のなかでの気づきがトイレ開発のキッカケになったという。
「仕事上、公園で汚れている池を目の当たりにすることが多く、当社の社長が『なぜ公園の池は汚れているのだろうか、この池の水をきれいにすることはできないものか』と考えるようになったんですね。それを地元の広島大学に相談したところから、すべてがはじまりました」
大学の教授からは、まず「〝あるもの〟を利用して生活用水を浄化する」ことを提案された。この〝あるもの〟こそが、牡蠣殻だったのだ。
「牡蠣殻をつかって生活用水を浄化する——。この仕組みを利用すれば、浄化した水を再びトイレに使うこともできるのではないか。つまり循環再利用のトイレのシステムができるという発想です。牡蠣殻に浄化作用があることはもともとわかっていたので、大学側から牡蠣殻の利用を提案されたときも驚きはありませんでした。広島県は牡蠣の生産量が日本一で、大量の牡蠣殻が発生します。お金をかけて廃棄物として処理されているくらいですから、地元の企業として、牡蠣殻を活用することには意義があると思いました」
広島大とともに試行錯誤を重ね、1993年に牡蠣殻をつかった画期的なトイレシステム「アクアメイク」が完成した。汚水タンクの内部は7層に分かれていて、最初の3層は一般的な浄化槽と同じ構造になっているが、残りの4層に牡蠣殻を入れるのが、このトイレシステムの最大の特徴だ。
「浄化槽の排水は酸性に傾いているため、ドブのような臭いがします。アルカリ成分の炭酸カルシウムが含まれる牡蠣殻を浄化槽に入れることで、炭酸カルシウムが溶け出して排水を中和させるため、嫌な臭いがなくなるのです。牡蠣殻の表面は複雑な構造になっていて微生物が棲みつくため、さらに浄化能力が上がります。最終的には、トイレの排水をイワナやヤマメの棲む清流レベルにまで浄化。その水を再びトイレを流すのにつかうというわけです」
製品開発よりも大変だったのは、このトイレを売ることだったという。システムが完成した当時、人々の環境への意識は現在に比べると格段に低かった。SDGsという言葉すら、まだなかった時代である。
「いまでこそ、中水(ちゅうすい=生活につかう上水と、生活するうえで排出される下水の中間に当たる水)の利用が普及しつつありますが、当時は『何、それ?』というのが多くの人の反応でした。しかもシステムの要になっているのが牡蠣殻……。広島の企業が牡蠣殻をつかったトイレをつくっているというのは営業トークとしてはおもしろいのですが、『牡蠣で水をキレイになんかできないでしょ』と皆さんの反応は冷ややかでした」
それでもコツコツ営業を続けるうち少しずつ認知されるように。時代の流れも追い風となって、いまでは全国で650件の設置実績がある。富士山の山頂にも設置されていて、この「牡蠣殻トイレ」の存在が世界遺産登録の一助になったとまでいわれている。
「これまでは公園、ダムの周辺、山岳地帯、海の近くなど、下水道が通っていなくて、排水も外に出したくない場所の公共トイレに採用されることがほとんどでした。しかし昨今では、まだまだ割合は低いものの民間企業の引き合いも増えています。SDGs対応、職場環境の改善。この2つの観点からでしょうね」
中国や南スーダンなど、海外でも40件の設置実績がある。2018年には、スリランカの世界遺産・ポロンナルワ遺跡に設置。工事は終わっているものの、コロナ禍で完成検査が中断した状態だという。2020年8月にJICA(国際協力機構)から「SDGsパートナー」に認定されたため、今後は、さらに海外への設置が増えるのではないだろうか。
「弊社のシステムは、一度取りつけてしまえば、地元の業者さんでも簡単にメンテナンスができるようにつくられています。とはいえ地下に埋設させるという大がかりなシステムなので、1ヵ月以上の工期が必要なんですね。そこでもっと簡単に、すぐに使えるものができないかとコンパクトな可搬式のシステムを開発しました。必要な場所に持っていき、配管をつないで電気を通したらすぐに使用できるシステムです。これなら被災地などでも簡単に利用できます」
大量廃棄される運命だった牡蠣殻を利用した、サステナブルなトイレシステム。活躍の場は今後ますます広がりそうだ。
取材・文/佐藤美由紀