1%もない、醤油の本物!「鶴醤」執念の旨み【後編】
これからのものづくりにサステナビリティは欠かせない視点です。地球環境は守られているか。働く人たちへの配慮がなされているか。残すべき伝統がきちんと次世代へ継承されているか。私たちは、ものがつくられた背景に賛同し、応援する気持ちで選びたい──。つくり手の思いを聞きに、ものづくりの現場を訪ねました。今回は、香川県のヤマロク醤油へ。
桶職人のたすきをつなぐ
「木桶職人復活プロジェクト」
しかし問題は、山本さんが蔵を継いだ当時、木桶が絶滅寸前だったこと。
「木桶は長くもつので、いま、つかっている木桶は100〜150年前につくられたもの。当然高価だし、タンクでつくるほうが主流となったため、新しく発注する蔵は長年なかったんですね。桶屋も日本で1社しか残っていなかった。私は先祖がつくってくれた桶をつかえばいい。だけど息子や孫はどうするのだろうかと」
そこで可能な限りの借金をして新桶を9本発注したところ、「醤油会社からの注文は戦後初」と言われた。孫の代まで木桶でつくる本物の醤油を残したいという想いから、なんと、山本さんは木桶づくりを受け継ぐという手段に出た。2011年に「木桶職人復活プロジェクト」を立ち上げたのだ。
「桶をやめてタンクにするとか、木のお風呂で仕込むとかという選択肢もありました。そのときの判断基準は、面白いか面白くないか。簡単でも面白くなかったら続かないけれど、大変でも面白ければ続くんです。醤油屋が木桶をつくれたらそれは面白いと思った」
そこでさらに3本の新桶を発注し、その製造現場に行ってつくり方を教えてもらうことに。桶づくりには最低3人必要なので、同級生の大工たちと一緒に弟子入りした。
「師匠は厳しくて、そんなんじゃダメだって叱られてばかりでした。なんで借金して怒鳴られてんだろうって(笑)」
先代とは喧嘩もしたけれど、壊れた木桶の材を廃棄せずに蔵に残しておいてくれたことを思うと、感謝の念がわく。木桶に住み着いた菌が財産だということを、ちゃんと考えてくれていたのだ。
「桶の竹たがに使う真竹もね、実は祖父のおかげで手に入ったんです。間引きをしながら竹林を管理して、15mほどの長さに育てた真竹が必要なんですが、ふつうは8m以下の竹にしか需要がないから、なかなか見つからない。探し回ったあげく見つけたのが、ウチの裏山でした。なんと祖父が『将来、必要になるだろうから』と植えていてくれていたんです」
伝統はこうして受け継がれていくものだと、山本さんは痛切に感じている。
「伝統って、たすきをつないでいくことなんですよ。私はたまたま桶職人がいない時代にたすきを渡されたから、自分でどうにかしないと次につなげられない」
木桶職人復活プロジェクトでは全国の醸造職人や蔵元に参加を呼びかけて、毎年1月に新桶づくりをしている。そうした活動が注目を集め、海外からのメディアの取材や発注が増えた。
「海外では、木桶仕込みはワインやウイスキーと同じで、蔵元ごとに味や香りに特徴がある高級品だと認識されているようです。だから高価格でも理解される」
いま、山本さんが見ているのは海外だ。
「日本では安価な醤油が一般的ななか、本物の醤油をつくろうと頑張っている各メーカーが、わずかな市場を奪い合っている状況です。私たちは木桶のつくり方を共有し、製作販売もしていくことで、木桶仕込みの醤油を増やしたい」
そのうえで、世界の醤油市場にも挑戦していくという。
「日本各地の木桶仕込みの蔵をワイナリーのようにブランド化して世界を目指せば、それぞれの味を大切にしながら共存共栄できると思うんです。味で切磋琢磨しながら市場を広げていきたいですね」
ヤマロク醤油
天然もろみ蔵の見学は、年中無休で受け入れている。予約不要で無料。ただし菌のために、納豆を食べてからの来場は控えてほしいとのこと。「やまろく茶屋」も併設。
香川県小豆郡小豆島町安田甲1607。yama-roku.net
●情報は、FRaU2023年1月号発売時点のものです。
Photo:Masayuki Nakaya Text:Shiori Fujii Edit:Chizuru Atsuta
Composition:林愛子