“ワクワク老いる社会”へ。シニアが家を借りられない現実を変える「amu」
老後の生活を思い描くとき、意外に見落とされがちなのが「住まい」の問題です。高齢者が賃貸物件を借りづらいという問題と向き合い、不動産とコミュニティづくりの両面から解決を試みる「amu」代表の影山桐子さん。人生後半の生活を“編み直す”仕組みづくりに挑んでいます。
100歳までの“自分年表”
「100歳まで生きるとしたら、どんな自分になっていたいですか?」
ワークショップを主宰する影山さんがそう問いかけると、参加者たちはスケッチブックを開いた。「人生を編む」ワークショップのはじまりだ。準備された写真を切り抜き、働き方や暮らしぶり、この先に望む人生をスケッチブックにコラージュし(貼りつけ)ていく。写真には、オーロラやシドニー・オペラハウスなど世界各国の観光名所の風景から、熟年の方がトレッキングを楽しむようすまで、明るい未来を想起できる写真がずらり。
スケッチブックをさらにめくると、100歳までの自分年表を書き込むページが現れる。
「将来をビジュアルで想像するだけでなく、ロードマップも作成していきます。たとえば参加者がいま40歳なら、今後60年分のできごとを記していきます。気が遠くなるような作業ですが、可視化することが未来について考えるきっかけになるんです」(影山さん、以下同)

ワークショップで可視化するのは、夢や希望など明るいことばかりではない。
「病名や余命の告知をどう受け止めるか」「任意後見と法定後見の違いを知っているか」など、あまり思い描きたくない“もしもの場合”を想定した質問シートも用意されている。
「40〜50代で終活といわれてもまだピンとこないかもしれません。でも、人生100年を元気で生き抜くためには、こうした自分自身の軸と正しい知識が必要です。そして、その豊かな日々を支える重要な土台となるのが“住まい”なんです」
だが、その重要な空間を確保する際に、多くの人が大きな課題に直面する。

お金があっても、希望の部屋にたどりつけない
日本は世界有数の長寿国だ。平均寿命は延び続け、2024年には人口の29.3%が65歳以上となった。今後20年ほどかけて、その割合はさらに上がると予測されている。同時に高齢者世帯も増えており、2035年には2035万戸に達する見込みで、そのうち約47%が単身になるという。
こうしたなかで見過ごされがちなのが、シニアが住まいを借りにくいという現実だ。

「健康で財産があっても、年齢だけを理由に入居を断られることが、とても多いんです」 影山さんは言う。その背景にあるのが、“孤独死” “家賃滞納” “認知症” “残置物(部屋ののこされた家財など)の処理“など、高齢者ならではのリスクだ。万が一の事態が起きた場合に原状回復には大きな負担が伴うため、多くのオーナーが契約をためらう傾向にあるのだそう。
実は影山さん自身も、この経験をした。
「2023年に北九州で暮らす両親をケアしやすいように妹の自宅がある横浜へ呼ぼうと、ペットと入居できる賃貸住宅を探し始めました。まもなく妹宅の近所に条件に合うマンションが見つかって、問い合わせをしたんです。ところが『弊社には高齢者に紹介できる物件はありません。URに問い合せたほうが早いですよ』と言われてしまい。その後も、シニアにやさしいことを謳(うた)う不動産会社3社に連絡したのですが、いずれも内見のアポイントを取りつける電話で両親の年齢を告げたとたん、断られてしまって」

想定外の事態に戸惑いながらも、他の道を探し続けたが、
「結局、私の名義にしないと希望する物件を契約することは難しいとわかりました。そこで私が、妹が住む家の近所の物件を借りることで、両親の部屋を何とか確保したんです」
人生100年時代を元気に過ごす土台となるべき家。当たり前に選べるはずのものが簡単には手に入らないという現実に、影山さんは愕然(がくぜん)とした。
「父と母は娘の私がいたから住まいを確保できました。でも、子どもがいない人は? シングルは? 疑問と不安でいっぱいになりました。これを放っておくと、10年後には大切な先輩や友人たちもきっと同じ問題に直面します。彼らが味わう絶望を想像しただけで、いてもたってもいられなくなったのです」
影山さんは、すぐに宅地建物取引士の勉強を始めた。2回目の挑戦で合格し、編集者から不動産業者へと転身した。
住まいと人の関係を“編み直す”
こうして2026年2月に設立したのが、不動産事業とコミュニティ育成の2軸で活動するamuだ。
事業の核となるのが「ワクワク老いるプロジェクト」。不動産事業と業界への働きかけを通じて、シニアの住まいの選択肢を広げていく取り組みだ。
「初めてのお客さまは73歳の女性でした。私の両親と同じように住み替えのお部屋探しが難航するなか、娘さんが私のnoteを読んで依頼をしてくださったんです」
影山さんはできる限り要望を聞き取り、それに沿った物件を探した。
「その方はそれまで、資産があっても審査までたどり着けないという現実を多数経験されてきていたので、審査に通過したとお伝えしたときは、信じられないごようすでした。そんな心情にならざるを得なかったご経験を思うと、胸が締めつけられましたね。新天地の生活を楽しんでいただきたくて、周辺の飲食店マップを作成して差し上げました(笑)」
開業してわかったのは、高齢者の賃貸入居を阻む4大事案(孤独死、家賃滞納、認知症、残置物)には、あまり知られていないだけで、対応策がすでに用意されているということだった。
たとえば家賃滞納は、保証会社と契約することで防げる。残置物(部屋に残された家財などの処理)については、委任者もしくは会社を定めて特約を結んでおけば、貸主は苦労して相続人を探す必要がなくなる。孤独死と認知症に対しても、見守り機器の開発が日進月歩だ。
「近い将来、『Wi-Fiセンシング』による高齢住人の見守りが主流になるといわれています。設置されたWi-Fiデバイスから発する電波のゆらぎを感知して、住人の歩行速度や睡眠の変化まで把握するシステムです。住人が部屋にいる間は常にモニタリングするので、転倒などや認知症の予兆にも気づきやすい。その時点で包括支援センターなどと連携すれば、(孤独死など)最悪の事態も防ぎやすくなります」
こうした設備には、国や自治体の「住宅セーフティネット制度」も活用できるという。
「シニアに部屋を貸すための知恵や工夫は、すでにあるんです。それらを集め、届けるべき人にわかりやすく伝える。編集者として培ってきた技術が、この問題を解決するための必須スキルだったのだと気づきました」
シニアが単身者を支える集合住宅を
「私は、不動産事業をやりたくて起業したわけではないのです」と影山さんは言う。
「100歳まで元気に生きるとしたら、60歳で定年してもまだ40年あります。趣味や習いごとなどでコミュニティをつくっておくと、孤独も防げて楽しめるはず。その助けとなるよう、料理や運動を通じて人間関係を育むサポートもおこなっていきます」
現在、amuでは3つのイベントを開催している。1つ目が冒頭で紹介した「人生を編むワークショップ」だ。
2つ目の「男子ごはん塾」では、包丁を握ったことのない男性に向けて、料理雑誌の編集長だった影山さんが簡単にできる惣菜のつくり方などを教えている。

3つめは初心者でも参加しやすい運動クラス「&everyday by RunGirl」だ。
「健康寿命を伸ばすには運動はマストです。でも、50代までスポーツ経験ゼロの人が一歩を踏み出すには勇気がいります。そこで、寝たままできるストレッチやリズムエクササイズなど、身体を動かす喜びを体感しやすいプログラムを用意しています」
みんなが “ワクワク老いる” ための仕組みを編み直している影山さん。
「いまは、高齢者の住まいの選択肢を広げることと並行して、借り手ではなく貸し手(物件のオーナー)の意識を変えていく活動をしています。シニアが希望する部屋を借りられることがスタンダード=業界の当り前になることが目標ですからね。障壁もあるけど打開策もちゃんとあることを伝えていきたい。そして、この問題が解決されるころには、元気がありあまる私のことですから、きっと次の課題解決にむけて知恵を絞っているんだろうなと思います」
10年来温めている計画もあるそう。
「40〜50代の働き盛りの単身者を、シニアが支える集合住宅をつくりたいんです。食事の準備や宅配便の受け取りなど日常の些事(さじ)を高齢者が担い、年齢の差を超えた交流を育む。このアイデアが浮かんだ当時はまだ道のりが見えなかったけれど、いまならなんとか実現に向けて踏み出せそうです」
Photo:上岡伸輔 Text:松岡真子
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