水没危機の「ツバル」救済活動をする写真家・遠藤秀一は、なぜ鹿児島で自給自足生活を始めたのか?
地球温暖化による海面上昇の影響で水没の危機にある、南太平洋の小国ツバル。写真家でNPO法人「ツバルオーバービュー」代表の遠藤秀一さんは、この国を救うためにさまざまな活動を行ってきました。原動力は、ツバルの人たちの、環境破壊とはおよそ無縁のシンプルでたおやかな暮らし。そんなツバルの人々に倣って、遠藤さんは「お金をかけずに贅沢な暮らし」を実現させるべく、鹿児島県の山奥に移住します。そこに至るまでの思いや、いまの暮らしについて伺いました。
ツバル人の暮らしぶりにカルチャーショックを受けて
1998年、大手ゼネコンの設計部を退職し、自身のデザイン会社を立ち上げたばかりだった遠藤さんは、生まれて初めてツバルを訪れた。ツバルが地球温暖化による海面上昇の影響で水没の危機に立たされていることは知っていたが、実際に自分の目で見て、大きな衝撃を受けたという。島のあちこちで海面上昇よる被害が見られ、危機が実感として迫ってきた。
手づくりカヌーを軽々と持ち運び、散歩でもするように海に出るツバルの漁師
この衝撃が彼の活動のきっかけになるのだが、さらにもうひとつ、大きな原動力になったものがある。
「当時、ツバルの首都フナフティがあるフナフチ環礁には2000人(現在は6000人強)ほどが住んでいて、のんびりした南の島でした。美しい景色に加えて、人々の自然に寄り添う暮らしにカルチャーショックを受けたのです」(遠藤さん、以下同)
ヤシの花芽から樹液を採取するツバル人。甘い樹液は砂糖代わりになる
決して豊かとはいえない島での、自給自足のシンプルな生活。鉈(なた)一本あれば、自然のなかで見つけた食べもの、たとえば、ヤシの実やバナナなどが簡単に手に入る。
「彼らには生きるための知恵に裏打ちされた、たくましさがあるのです。ツバルを訪れる前の僕は、『お金さえあればどうにかなる』というカン違いに毒されていました。大手ゼネコンに勤め、残業続きでつかう暇もない給料を、食と酒と洋服に注ぎ込んでいて……。ツバルの人たちの暮らしぶりを見て、そんな自分が恥ずかしくなったのです。お金なんかよりも、ツバルの人たちが持っている伝統的な技のほうが、人間という動物が生きていくのに欠かせないものだと気づいたのです」
ツバルは気候変動対策の超先進国
遠藤さんはツバルに通うようになり、人々の生活から多くを学んだ。
食べ終わったココヤシ実の皮や殻は、キッチンで薪(たきぎ)になる。これも貴重な再生可能エネルギーだ
「ツバルはお金に強く依存しない社会。大陸から遠く離れているために工業製品の流通はごくわずかで、かつては自給自足の生活が基本でした(現在は、首都以外の離島の島々のみ自給自足が中心)。ツバルの人々は、お金のために家族との時間や健康を犠牲にして、ハードに働くことはありません。生きていることを心の底から楽しめる人生を送っているんですね」
私たちはどうだろう。気候変動の原因を生み出している先進国や工業国には、「お金のために働く」「十分なお金を得るためなら、心身を壊すなど多少の犠牲は仕方ない」という価値観が蔓延していないだろうか。
主食のタロイモは肥料も農薬もつかわずに育てられている。栽培のノウハウは各家庭で異なり、簡単には他人に教えない
「ツバルは気候変動対策の超先進国。私たちもこの国を見習って価値観をあらため、お金や工業生産されたモノへの依存度を下げる暮らしをすれば、本当の意味で充実した楽しい人生を送れるでしょう。結果的に、温室効果ガスの排出や削減にもつながるのではないか。そんな思いから、写真展や講演でツバルのことを伝える活動を始めたのです」
ツバルは単に「気候変動の被害者」ではない。「気候変動を乗り越えるため、新しい未来への可能性として手本にすべき国」であると、遠藤さんは確信している。
鹿児島に敷地面積400坪の「山のツバル」を開設
遠藤さんが鹿児島につくった自給自足の棲み家「山のツバル」。右側が築85年ほどの古民家をリノベーションした母屋だ
かつて遠藤さんは、年間80本ほどの講演を引き受けていた。そこで訴えたのは、「ツバルを見習って、お金に依存しない生活を送ってください」ということ。
「自分自身ができていないのに、人に言うのはどうなんだ……という思いが日に日に強くなっていきました。そんなとき、ツバル人の友人から『日本だって、巨大地震が予想されたりしていてヤバいんだろ? ツバルのことを考えて活動してくれるのはうれしいけど、自分自身の身を守ることも大切だよ』と言われまして……」
この言葉に後押しされ、「ツバル人に倣って、日本で自給自足の生活に挑戦しよう」と決意を固めた遠藤さん。そもそも建築家として「古民家に住みたい」という夢があったため、ネットで検索し、鹿児島県の曽於(そお)市財部(たからべ)町に適当な古民家を見つけて値段交渉を開始した。2009年末には売買契約を終え、2010年3月から改修工事をスタート。2010年には、夫婦で東京から移り住み、新生活を始めた。
遠藤さんが買った当初の古民家の座敷。壁は漆喰ではなく、当時高級材だった杉がふんだんにつかわれていた。これを改装して山のツバルの母屋に
「財部町は、かつては林業で栄えた山あいの小さな町。そこで採れた杉材でできた築85年の古民家を再生しました。この町ではスギやヒノキが豊富に生産されていますので、その薪(まき)を主要な燃料としながら生活しています」
改装後の囲炉裏(いろり)の間。囲炉裏と薪ストーブを併用すると、真冬でも暑いくらいだという
現代のライフスタイルに合わせて住みやすくリノベーションした古民家には、囲炉裏やかまど、薪風呂を設置。この地域は標高約400mと高めで、想像以上の寒さに悩まされたため、予定していなかった薪ストーブも設置した。
「薪を燃やして出した二酸化炭素は、家の周辺の木々が吸い取ってくれる。優れた自然の循環システムがあるので、薪を安心して燃やせます。少ないですが、自分でも20〜30 本植樹し、薪を補っています」
DIYでつくった薪小屋。毎年薪割りをしてストックを増やしている。ソーラーパネルも設置済みだ
ソーラーパネルや太陽熱温水器を設置し、電気自動車をつかうなどして、再生可能エネルギーを積極的に取り入れている。トイレは、オガクズを活用して糞尿を処理するバイオトイレを設置。これは、山小屋など下水道が整備されていないところで使用されるトイレだという。
自然のなかで運動不足解消のため動きながらエネルギーをつくれるのが薪割りのいいところ。オガクズもトイレに活用できムダがない
「400坪の敷地内では、季節の野菜を自然農(耕さずに、肥料や農薬を使わなくても作物がつくれる農法)で育てています。近くに田んぼを借りて、やはり自然農で米づくり。まだ100%自給自足というわけにはいきませんが、それに近い生活はできています」
遠藤さんはこうした住環境を「山のツバル」と命名し、日々の生活をエンジョイしている(https://yamano.tv/)。
友人などが遊びに来たときは贅沢なディナーも。霧島産の鮎、錦江湾で獲れたエビや貝など、ごちそうにはこと欠かない
「東京で生活していたころと比べると、かなりゆとりがあります。自分の好きなことをする時間が格段に増えました。しかも、それがすべて自然のなかでできるので、毎日がグランピング気分(笑)。贅沢な時間が手に入ったので、気持ちにも余裕が生まれました。この取り組みを支えてくれているスタッフの協力や妻の努力には、感謝しかありません。」
山のツバルでの暮らしは、とても充実している。遠藤さんによれば、これこそが「自分自身や家族を守る生活」なのだという。
改修の際に移設して保存したカマド。炊飯から煮炊きもの、山菜のアク抜きまで大活躍
「近年、気候変動が進行していて、自然災害が多発しています。そんななかで、お金だけに依存する生活をしていると、生き残れる可能性が低くなる。仮に東京で巨大地震が起きたとして、お金を持っていれば生き残れるのかといえば、そうとは言い切れないでしょう? 自給自足の生活は、お金がなくても生きていけます。そんなスキルこそ、これからの時代を生き抜くために必要ではないでしょうか。資源に限りがあることを無視した拝金資本主義はストップしなければなりません。そうしないと、人類の未来はないんです」
化石燃料をつかわず米が育てられる自然農は、気候変動防止にも貢献する
「未来のために、自給自足する人たちが増えるのはいいことだと思います。僕たちの生活も、少しはお手本になるのかなあ。自分や大切な家族を守ることができ、環境保護にもつながるなら一石二鳥じゃないですか。僕はただ昔に戻れと言いたいわけではないのです。僕が推奨しているのは、グランピング的な、スマートな自給自足生活ですから(笑)」
財部町には、まだまだ多くの空き家や耕作放棄地があるという。うまく活用すれば、自給自足生活をしたい人をこの地で受け入れることができるのではと、遠藤さんは密かに思案中だ。彼のさらなる挑戦が楽しみだ。
photo:Shuuichi Endou text:佐藤美由紀
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