ユナイテッドアローズ栗野宏文「SDGsブランドの立ち上げは、SDGsになるのか?」【後編】
ファッションに長年携わり、2020年夏に出版された『モード後の世界』も話題を呼んだ栗野宏文さん。移り変わりが速く、社会的な影響力が大きい業界において、サステナビリティをどう捉えているのでしょうか。辛口でラジカル、かつ愛にあふれたメッセージをお届けします。
社会や世界とつながり
変わらなければならない
コロナ禍において、多くの企業が倒産して、「ファッション業界はまずいんじゃない?」と言っているわりには、どうしたらいいのかの答えをまだ誰も出していません。ユナイテッドアローズ(UA)でもサステナビリティを推進する部署を設置し、中期計画にも入れていますが、規模はまだ小さいし、課題は山積み。いま服をつくることは、考えるほどに難しい問題です。新しいものをつくるなら、本当に欲しくなるもの、長持ちするもの、捨てたくないものをつくるしかない。
たとえば「コム デ ギャルソン」。川久保玲さんのクリエイティビティと革新性、作品が世の中に出れば、洋服好きとしてはやはり欲しくなる。僕がセーターをそうしているように長く着る人もいるでしょう。パッケージはすべて生分解できるプラスチック素材に変えていますが、本来はエコのエの字も言わない会社です。過去の洋服はラグタグやリンカンなどの古着市場でも価値を持つ。ブランド古着店がチェーン展開するマーケットは日本の特徴的な状況ですが、僕はウェルカムですね。
『モード後の世界』でトレンドやモードという言葉に対して批判したのは、それが「買わせるため」の「新しさ」だから。何かを古いというための言葉だからです。ファッションで「流行」といえば、一過性のもの。業界自体が、まさにイメージ消費の場なわけです。
ビッグシルエットの消費、ラグジュアリーの消費、セレブイメージの消費。とくに近年はソーシャルメディア頼みで、そこには実(じつ)がないし、結局はステルスマーケティングも通用しなくなっている。この状況を変えて、本当に欲しい服を提供できるかどうか? できない会社はやめるしかない? そのぐらいの気持ちでいないとファッション業界はアウトでしょうね。
新しいものを買え、古いものは捨てろ、という過剰な資本主義消費社会はストップすべき時期にきている。物やお金のつかい方を変えていかないと地球は滅亡する、と。一方で、若い人たちにとって環境問題は授業でも学ぶほど当たり前になっていて、グレタ・トゥーンベリさんのような人も出てきた。ものを手に入れることが豊かさではないということをミレニアル世代の多くの若者は理解している。彼らにも支持されるように変わっていかなければ。従来的にものをつくること自体が環境フレンドリーではない時代に、どうしたら少しでも啓蒙的存在でいられるか、ポジティブな影響を世の中に与えられるかを考えることが大切なのではないでしょうか。
2020年5月にドリス・ヴァン・ノッテンが世界に発信したメッセージは、「これからはコレクションを減らそう、バイヤーの出張も減らそう、つかう素材は極力サステナブルに」というラジカルなものでしたが、僕もUAとしても賛同しました。ファッションショーも買いつけもオンラインやデジタルが多くなりました。
海外ではSDGsを意識しないと企業として成り立っていかないし、死活問題なので、業界としても熱心に取り組んでいるという実情がある。でも一般の人のライフスタイルでいうと、エコへの気のつかい方は日本のほうが進んでいます。国連で世界共通語に提案された「MOTTAINAI」という言葉は日本のスピリットですよね。街にはナチュラルローソンまである。それってすごくないですか(笑)。
コロナ禍はすべてを可視化しました。インドで工場が止まってムンバイからヒマラヤが見えたり、中国では公害がいったん収まった。日本でも空がキレイでした。食べ物も服も必要なものだけにしようとみんな実感したと思うんです。いまファッションに携わる者として大切なことは、正直な態度で、妥協や無理押しをせずに、どれだけ本音で服を買ってもらえる形に持っていけるかということです。
レスプロデュース、レスウエイストはまず間違いないし、もしかしたら強い服かエコな服の二分化しかないかもしれない。さまざまな人がそれぞれの視点から意見を言うべきときだと思います。新しいテクノロジーをつかって環境への負荷を減らすファッションのあり方や、一方で人間にしかできない手仕事や職人の技術を守るのもサステナビリティ。この状況を乗り越えられない限り、ファッション業界は生き残っていけないと思う。
コロナ禍は自分と世界・社会が繋がっているということを考えるきっかけにもなりました。おしゃれするというのは意識の問題。コンシャスということ。もっと洋服と真剣に向き合うことが大事なんです。
注目したいブランド
さまざまなアプローチ
KOCHÉ
クリステル・コーシェが2014年パリで創立。COUTURE TO WEARをコンセプトにクチュールの技術とクラフツマンシップ、ストリートをミックスしたスタイルが特徴。16年春夏よりパリ・コレクションに参加。16年と19年には東京ファッションウイークにも参加しショーを開催している。21年春夏はパリの公園を会場に国籍もジェンダーもさまざまなモデルたちで見せた。
BETHANY WILLIAMS
べサニー・ウィリアムズが2017年ロンドンに創立。19年、英国デザインクイーンエリザベスⅡアワードを受賞。同年LVMHプライズのファイナリストに。20年春夏よりロンドン・メンズ・コレクションに参加。使用する生地はすべてイギリス産のオーガニック素材とリサイクル素材に限るなどサステナブルなものづくりで知られる。21年春夏はスポーツウェアのアップサイクルなどのアイテムを発表。
CECILIE BAHNSEN
セシリー・バーンセンがデンマークのコペンハーゲンに2015年に創立。17年、LVMHプライズのファイナリストに。19年にはコペンハーゲンのファッションウイークでショーを開催。オリジナルで製作した刺しゅうやレースなどの美しいファブリックを用いた立体的なドレスを得意とする。21年春夏から、過去の素材のアップサイクルなどサステナブルに特化した「スタジオコレクション」をスタート。
TEXT
「マーカウェア」でトレーサビリティをいち早くファッションに持ち込んだデザイナー石川俊介が2019年にスタートさせた「テクスト」。「農場からクローゼットへ」をコンセプトに、すべての工程に直接関わりサステナブルに特化した服づくりを目指す。アイテムは基本的にユニセックス。21年春夏シーズンより、D to Cの業態に移行、自社ECサイトと直営店のみの販売となる。
CFCL
2013年~19年「ISSEY MIYAKE MEN」のデザイナーを務めた高橋悠介が20年に設立し、21年春夏からスタート。ブランド名はClothing For Contemporary Life(現代生活のための服)の頭文字。3Dコンピューターニッティングの技術を用いたシンプルなアイテムは、機能的で自宅での洗濯も可能。環境への配慮、最適な国産素材の選択、流通経路の透明性などを掲げている。
RYE TENDER
ファウンダーの澤木雄太郎とディレクターの小池勇太が2020年秋冬から立ち上げた「ライテンダー」は、衣料品の生産工程において廃棄される残糸、残布をアップサイクルするプロジェクト。ウールカシミアのセーターなどベーシックなニットを基軸に展開。流通の過程を一元化することにより価格を低く抑え、原料選定から消費者の手にわたるまでの工程を目の届く範囲でおこなう。
PROFILE
栗野宏文 くりの・ひろふみ
1953年ニューヨーク生まれ。東京、世田谷で育つ。大学卒業後77年からファッション業界に身をおき、89年に現名誉会長の重松理氏らとともに株式会社ユナイテッドアローズを設立。2008年常務取締役を退任後、上級顧問クリエイティブディレクション担当。2020年8月に初の著書『モード後の世界』(扶桑社)を刊行。
●情報は、FRaU2021年1月号発売時点のものです。
Photo:Norio Kidera Text & Edit:Naoko Sasaki
Composition:林愛子