これからの平和教育を提案する「さびら」と巡る沖縄、大人の平和学習ツアーへ【後編】
平和を考えるうえで大切なことは、ひとつに思い込みをなくすこと。“平和学習”と聞けば、子どもや学生向けと思うかもしれませんが、大人こそ知るべき、学ぶべきことがたくさんあります。太平洋戦争末期の1945年に起きた沖縄戦ではおよそ20万人が命を落としました。この戦争はなぜ起きたのか、そして今も続く問題について、これからの平和教育を提案する「さびら」のメンバーとフィールドワークを通して、一緒に歩き、考えました。
平和をつくるために、“考えること”をやめない

首里城公園内の展望台から沖縄戦で米軍が上陸した北谷や読谷村が望める
狩俣さん、安里さんはともに、子どもの頃の平和学習が苦手だったという。
「沖縄の学校では、毎年『慰霊の日』にあたる6月に図書館に戦争写真が並べられるんです。それがとても嫌だった記憶があります。平和教育というよりもグロテスクな話を聞く6月がまた来たな、と憂鬱な気分になって。当時は予備知識もないから戦争体験者の話を聞いてもピンとこなかったのが正直なところでした」(狩俣)

北谷は基地を経て観光地に。返還跡地に何をつくるかもこれからの課題
だからこそ、さびらでは「なぜ学ぶことが大事か」という姿勢づくりから始め、今生きている社会を見つめ直そうと試みる。
「平和学習を行ううえでは、対話やコミュニケーションを大事にしています。僕らは体験者の話を直接聞けた最後の世代になると思いますが、用語がわからないことで入ってこなかったり、体験者の方の熱量で気持ちがいっぱいいっぱいになったりすることもあった。理解できる子もいれば、同じやり方では伝わらない子もいます。もちろん体験者が語るほうが絶対にいいし、伝える情報量や言葉の重みには勝てないんですけど、自分たちが役割を引き継ぐには対話をしながら解きほぐしてあげることができたらと。僕らもまだ知らないことがたくさんある。だから一緒に調べて引き出しを増やしていく、それが理想ですね」(野添)

嘉数高台公園の展望台からは360度のパノラマが広がる。遠くに海を望み、美しい沖縄の景色が広がる一方で、米軍普天間基地と飛行場が目に入る。学校や公園のある住宅街のすぐそばに駐機しているオスプレイなど戦闘機があり、違和感を覚えずにはいられない。沖縄を訪れる日本人は見るべき光景
いつもは子ども向けの平和学習が多い彼らだが、大人に対してもそのアプローチは同じだ。特に、今回大人向けツアーを企画したのには「知っているつもりになって、もう知らなくていいと思っている大人が多い」という思いから。併せて、平和学習は子どものためと思っている大人も多い。
「過去に戦争を応援してしまったのも、子どもたちを戦場に行かせたのも大人。それなのに平和教育は子どもたちが受けるものと思い込んで、平和について考えることをやめてしまっている人が多い。選挙権があり、直接社会に参画できる大人が何かを選択する時に正しい知識を持っていないと悲劇を繰り返してしまう」(狩俣)
「過去から学び続け、教訓として残さないと。まずは興味を持ってもらい、チャンネルを広げるのが自分たちの役割です。同時に、大人が勝手にバトンを渡すなよ、という思いもある。亡くなった方からはわかるのですが、生きている人から『君たちにバトンを渡す』と言われても完全に責任を放棄しているなあと。僕らは子どもたちにガイドしていてもそういう表現はしない。今生きている人間が同じ方向を向いて一緒に考えることをしなくては」(安里)

雑誌『Forbes JAPAN』が「世界を変える30歳未満の30人」を選出する「30 UNDER 30 JAPAN」を受賞した狩俣さん(左)
最後に、平和をつくるにはどうしたら良いのか聞いてみた。それに対して、まずは“平和な状態”とはどういうことなのか考えようというのは狩俣さん。
「戦争以外にも格差や貧困、環境問題などあるから、戦争がない=平和では必ずしもないかもしれない。あとは『戦争』と聞くと具体的にどういうことが起こるかと理解できるんですけど、『平和』はぼんやりとしたイメージでしかない。まずは具体的にどういう状態かをみんなで確認すること。そのなかで私が考えるのは、個人の権利や安全が保障されていることが“平和な状態”であると定義できるのではと。それが“つくる”ことにつながっていくと思います」

沖縄県糸満市に位置する摩文仁の丘からの景色。現在は美しい海が望める絶景スポットとして知られるが、かつては沖縄戦最後の激戦地であり、日本軍と住民は南へ追いやられ最南端のこの地まで逃げてきた
「僕は“違和感”を大切にしたい。これは違うなっていう思いは誰でも持つはずなんですけど、それを発すること。声にしたことで社会が拒絶したら、戦争が始まってしまう気もしている。何かおかしいと思った違和感を口に出せる社会をいかにつくり出していくかが、平和をつくるうえで重要なのではないかなと考えています」(安里)
「まずは身近に会話できる人を増やすのが平和への近道だと思う。思いが近い人との対話や口に出すこと。少しずつでも会話が広がっていけば、草の根的に広がっていくのではないでしょうか」(野添)
3人が教えてくれた平和のつくりかたを実践するためには、大人である私たちが思考を停止させないこと。そのために現地に足を運び、自分の目で見て、肌で感じる機会を増やすこと。同じ場所に立つことで、そこに確かにあった人間の営みや暮らしに思いを寄せることができる。思い込みを捨てて、想像力を働かせる。考え続けることが平和をつくる一歩につながるはずだ。
●情報は、FRaU2023年8月号発売時点のものです。
Photo:Wataru Oshiro Text & Edit:Chizuru Atsuta Composition:林愛子