Do well by doing good. いいことをして世界と社会をよくしていこう

「帝国ホテル」総料理長・杉本雄、“ 1000年の都”京都で出会ったサステナブルな人々【後編】
「帝国ホテル」総料理長・杉本雄、“ 1000年の都”京都で出会ったサステナブルな人々【後編】
FEATURE

「帝国ホテル」総料理長・杉本雄、“ 1000年の都”京都で出会ったサステナブルな人々【後編】

2019年に38歳の若さで第14代目の東京料理長に就任した「帝国ホテル 東京」の杉本雄シェフ。2025年4月から第3代総料理長となり、東京、大阪、上高地、そして2026年春に開業予定の「帝国ホテル 京都」と、帝国ホテルのすべての味を司(つかさど)ることになりました。彼は近年、「おいしく社会を変える」プロジェクトを推進。食を通じて社会課題を解決するヒントを探すため“1000年の都”京都を訪れ、素晴らしい食材の生産者たちと出会いました。【後編】

──前編はこちら──

──中編はこちら──

亀岡の完全無農薬ブドウ園で、衝撃の出合いが

京都各地で食材と生産者に出会う旅、3日目にまず杉本シェフが訪れたのは、亀岡市の『HANDOVER FARM(ハンドオーバー・ファーム)』。陶芸家で京都芸術大学教授の松井利夫さん、映像作家の丹下絋希さんらが切り盛りする有機ブドウ園だ。彼らは地域の老夫婦が営んでいた農園を2019年に引き継ぎ、無農薬、無肥料の自然農法に取り組んでいる。

「自然栽培のブドウを畑で直売、小売店に卸してます。利益を追求することが一番の目的ではないんで、自分らの体力や気力が持続可能な方法で続けてるいうのが実際のとこですかね(笑)。おいしいブドウをつくるためには、土づくりが一番大事やと思ってます。11月ごろ、収穫が終わったら腐葉土をまいて、バクテリアやミミズに畑を耕してもらいます。冬が終わって春になると、虫が卵からかえってゾロゾロ出てくる。その後にはヘビも登場します。ブドウの花が咲く5〜6月ごろには、エサになる虫を求めて鳥もやってくる。さらに梅雨のカビとの闘いを経て、8月のお盆明けからブドウが収穫できるようになります」(松井さん)

ひと枝にふた房のブドウがなるが、おいしいブドウにするためには、そのうちひと房を間引かなければならないそう。間引いたまだ青くて酸っぱいブドウは、潰してドレッシングなどに活用するという。 

「緑の汁、フランス語では“ベルジュ”ですね。国産のオーガニック・ベルジュに、京都で出合えるとは! 感激です」(杉本シェフ)

“本業”はアーティストとあって、作業着もオシャレな松井さん(写真左端)と丹下さん(同中央奥)。杉本シェフも楽しそう

間引かれずに収穫時まで育てられたブドウは、コクがあって甘く、とてもおいしいそうだ。ブドウは実だけでなく、枝を燃料にバーベキューをしたり、葉っぱを塩漬けにし、肉を巻いて焼いたりと、さまざまに活用できるという。

「ブドウがキライやという子どもも、スーッと食べてくれる。それがウチのブドウの特長です。ジュースは種や皮ごと粉砕する、無農薬ならではの製法でつくってます。亀岡市は自然が多くて人の気質もおだやかで、移住してくる子育て世代も多い。このブドウ園にも、いろんな人たちが集まってきます。シェフも疲れたときには、ぜひまたウチに遊びに来てください」(松井さん)

ブドウの枝を譲り受け、笑顔の杉本シェフ。フランスやスペインのワイナリーなどでは、ブドウの枝で肉や魚を焼いて、独特の風味を楽しむという。「さっそく、肉料理の香りづけや料理のプレゼンテーションにつかわせていただきます」(杉本シェフ)

もちろん無農薬栽培は“いいこと”ばかりのはずがない。丹下さんが語る。

「無農薬でブドウを育ててると、いろいろな虫が来よるんです。緑色や茶色のカメムシ、スズメバチ、コガネムシとか。出会う虫の種類が年々変わってきとるのは、気候変動と関係があるんやないかという気がします。ブドウを守るためには、ある程度の虫を捕まえて殺すわけですけど、生産者になったことで、農薬をつかう方々の気持ちがわかるようになりました。虫を殺すには罪悪感が伴うんですよ。無農薬野菜の背後には、そうした罪悪感を引き受けてくれていた誰かがいることに気づきました」

宇治茶店16代目が教えてくれた“ホンモノの玉露の味”

ブドウ園を後にして向かったのは、亀岡から車で約30分の宇治市。杉本シェフが最後の訪問先に選んだのは、16代続く宇治茶の専門店『丸利 𠮷田銘茶園』だ。到着するや、当主の𠮷田利一さんが出迎え、お茶を淹(い)れてくれた。

「宇治の習わしでは、お茶は奥さんが台所で淹れて運んでくるもんやのうて、亭主が客の目の前で淹れてもてなすもんなんです」と𠮷田さん

おいしいお茶を淹れるには温度が大事。熱湯をつかうと渋みが出るという。玉露は人肌、40℃くらいの湯で淹れるのがポイントらしい。𠮷田さんが淹れてくれた玉露は、昆布出汁(こんぶだし)が入っているのではないかと錯覚するほどのうまみが感じられ、日本茶の概念がくつがえされた。

「これが本来の玉露の味なんです。琵琶湖でとれた葦簀(よしず)を編んで、茶畑にやぐらを組んで20日間以上日差しをさえぎってから摘むと、うまみたっぷりのお茶になる。新芽を手で摘んで揉(も)むと玉露に、揉まんと乾燥してから粉にすると抹茶になります」(𠮷田さん)

茶は初夏に新芽を摘んだあと、枝を一度刈り落して1年間伸ばしっぱなしにするそう。「毎年5月になると50人ほどのお茶摘みさん(手伝いの人びと)が来てくれて、ひと芽ずつ新芽を摘んでくれるんです」(𠮷田さん)

𠮷田銘茶園では、1年に一度しか茶葉を摘まないという。

「新茶の時期に万が一、霜が下りて葉っぱがやられてしもたら大変。毎年、『霜にやられへんかな』『お茶摘みさんは来てくれはるかな』『どんな値段がつくんかな』と気を揉んでます。このあたりの茶畑も人も年々減ってて、生産者の高齢化も進んでます。近ごろは外国の方に抹茶が人気ですけど、日本人にもっとお茶に親しんでもろて、農業復興につなげていけたらいいですね」(𠮷田さん)

「生産者とのキャッチボールが、ここから始まる」

【前編】で訪ねた伊根『向井酒造』の女性杜氏・向井久仁子さんとの語らい。「杜氏は日本酒の味づくりをするプロデューサーで、フレンチのシェフと同じ役割」と杉本シェフ

京都の北端、丹後半島の宮津や伊根、京丹波、宇治とめぐってきた食材と生産者に出会う旅。全行程を終えての感想を杉本シェフに聞いた。

「京都市内は公私ともによく訪れていましたが、北のほうをめぐったのは初めて。京都市内から車で1時間も行くと自然にあふれていて、これまで知らなかった京の魅力を知りました。とても楽しく有意義な2日間でした」

生産者たちと出会うことで、これまで当たり前にやってきたことが、じつはサステナブルなことだったと、あらためて気づかされたとも。

「生産者の皆さん、背負っているものや状況が違いますし、考えや想いも異なります。たとえば、農薬に対する考え方だってそれぞれでしょう。そういう意味では、さまざまな価値観に触れられた、よい旅でした。いま、『ここから始まるんだ』と強く感じています。初対面の生産者さんとは、この出会いをきっかけとして、話題になった食材を分けていただいたり、それをつかった料理の写真を私から送ったりして、どんどんキャッチボールを続けながら関係性を深め、京都のものづくりや想いを料理に活かしていけたらいいですね」

──前編はこちら──

──中編はこちら──

Photo & Text:萩原はるな

Official SNS

芸能人のインタビューや、
サステナブルなトレンド、プレゼント告知など、
世界と社会をよくするきっかけになる
最新情報を発信中!