家族経営で漆の文化を守る! 京都「堤淺吉漆店」が、ヨーロッパのワイナリーファミリーに認められた理由
世界でもっとも歴史あるワイン生産家12社が主催するアワード、「プリマム・ファミリエ・ヴィニ」(以下PFV)は、伝統を守りながら未来への革新を追求する、あらゆるジャンルのすぐれた家族経営企業に贈られる賞です。今年、第3回PFVの受賞者に選ばれたのは、京都で4世代にわたって漆(うるし)を精製してきた「堤淺吉漆店(つつみあさきち・うるしてん)」。京都での授賞式の様子と、同店がなぜ評価されたのかをリポートします。
「家族こそ、サステナブルだ!」
これまでPFVには、ヨーロッパ最古のヴァイオリン工房「メゾン・ベルナール」(ベルギー)、高級繊維を製造する「ブラン・ド・ヴィアン=ティラン」(フランス)など、世界の名だたる家族経営の老舗が選出されてきた。第3回の受賞式は4月10日、堤淺吉漆店の地元、京都・祇園にある禅の聖地、建仁寺(けんにんじ)の両足院(りょうそくいん)でおこなわれた。
「ここは長い歴史と精神性をもつ、瞑想の場所として有名な神聖なお寺。この静寂、歴史、遺産……、PFV賞のセレモニーをおこなうのに、これほどふさわしい場所はないでしょう」(PFV会長のチャールズ・シミントンさん、上写真右側)
PFV賞は2021年、長い歴史を持つヨーロッパのワイン生産者の協会が、創設30周年を記念してつくったアワードだ。2年に一度、ワインの世界に限らず幅広い業界を対象に、称えるべき価値観、職人技、サステナビリティを擁するファミリー企業を選出している。
「われわれの理念は『家族こそサステナブルだ』ということです。家族経営の企業が何世代にもわたってヘリテージを保存し続けることに意味があると考えています」(シミントンさん)

ヨーロッパのワイナリーからはるばる京都にやってきたPFVを主催する12の家族と、受賞者・堤淺吉漆店代表の堤卓也さん(前列右から4人目)ファミリー
明治42年(1909年)創業の堤淺吉漆店は、100年以上にわたって漆の樹液の精製を続けてきた。同社がつくった漆は、日光東照宮などの国宝や重要文化財の修復にもつかわれている。漆の木から樹液がとれるまでには、植樹から10〜15年の歳月を要する。下草を刈って虫や動物から守りながら大切に育て、6〜10月に樹液を採取。漆の樹液は一本の木から200ccしか採れない希少資源なのだ。
同社がPFV賞に選出された理由は、単に日本の伝統文化を守っているからではない。シミントンさんは言う。
「堤浅吉漆店は未来へ果敢にチャレンジしています。漆製品の耐久性に着目し、誰もが予想もしなかった業界と協力関係を構築。木のサーフボードや自転車に漆を施し、何世紀にもわたって継承されてきた技と現在の技を融合させています。また、漆の植樹を通じて、若い世代に漆の魅力を伝えている。変化の早いこの時代でも、歴史や伝統はイノベーションと補完しあえることを証明しているのです」

木と漆のサーフボード「漆板-siita-」。授賞式にも参加した蒔絵師の服部一齋さんが、堤淺吉漆店のフラッグシップショップ「Und.」のロゴを施した特別仕様モデル
「漆を一滴もムダにするな!」
堤卓也さんは、大学時代を過ごした北海道でスノーボードやサーフィンにのめり込み、自然の中で生きる楽しさや自然への畏敬の念を感じるようになった。その感覚が実家の堤淺吉漆店に戻っても役に立っているという。
「私にとって漆は、ぬくもりや家族の記憶と結びついた特別な存在。曾祖父の淺吉が創業した堤淺吉漆店は、今年で116年目を迎えました。先代の口癖は『漆を一滴もムダにするな』。そこには、素材への敬意と、暮らしを支える漆への感謝が込められています」(堤さん、以下同)

同社は長年、原料の調達から精製、調合、供給までをおこない、漆の安定供給に努めてきた。40年ほど前は年間 500 トンあった漆の消費量は、いまでは 23 トンに減っているという
堤さんは現在、「植えることから始まるモノづくり」にも着手。京都の北部で、漆などの植樹をしつつ、廃校を活用した工房でモノづくりをしたり、木地職人を育成したりもしている。
「地元の林業家や木工の仲間たちと、熊に傷つけられた木材に漆を塗って有効利用する『ベアーズウッドプロジェクト』を立ち上げて、山を健全な状態に戻そうとしています。昨年4月には漆精製工場の隣に、漆体験ができる拠点『Und.(アンド)』をオープン。工房も併設して、塗りの技術を受け継ぐ若い職人を育てています」
漆の魅力をより身近に感じてもらうため、堤淺吉漆店では工房見学と「拭(ふ)き漆」体験ができるツアーも開催している。拭き漆とは、薄く塗った漆を布できれいに拭き取っては乾かす、を繰り返して、木目など木地を活かした漆器をつくる技法。拭くごとに艶は増し、器の強度も高まるという伝統のワザだ。授賞式に出たPFVのメンバーたちもこのツアーを体験し、自分だけの漆塗り箸を仕上げて満足げだった。

箸や椀などのに漆を塗っては拭きとる作業を繰り返す“拭き漆”。木目を活かしながらツヤを出す技法だ
「漆には人と自然をつなぐ力がある」と堤さん。
「私たちは、1万年にわたって漆の文化をつないできた日本人の営みを守ってるんです。創業者の淺吉から受け継いできた家族の時間と技術、モノづくりを支えてくれた多くの方々とのつながり。その積み重ねがPFV賞として評価されたことは大きな喜びです。今後も伝統を未来につなぐ活動を続けていこうと思っています」