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65歳の校長は元パティシエ! 日本初の“ヘーゼルナッツ学校”に懸けた農業への想い
65歳の校長は元パティシエ! 日本初の“ヘーゼルナッツ学校”に懸けた農業への想い
FEATURE

65歳の校長は元パティシエ! 日本初の“ヘーゼルナッツ学校”に懸けた農業への想い

元パティシエの岡田浩史さんが、郷土の長野市に100本のヘーゼルナッツの苗木を植えたのは2013年のことでした。故郷をヘーゼルナッツの一大産地にしたい──。100年後の地域の農業を見据えて、独学でヘーゼルナッツ栽培を始めたのです。12年という歳月をかけて栽培や加工のノウハウを確立するとともに、苗木の輸入や販売も手がけながら、長野県内の生産者を増やしてきました。少しずつ、でも着実に。その数およそ750人。現在は、日本初の“ヘーゼルナッツ学校”を開校し、培った知識と技術を全国に広めています。その想いに触れるべく、学校を訪ねました【後編】。

──前編はこちら──

開校2年半で500組の生徒が“卒業”

長野市の市街地を見渡す山あいの地。急勾配の細道をくねくねと上った先に、「ヘーゼルナッツ農業研修所」はある。ここは、2023年に岡田さんが開校した日本初のヘーゼルナッツ学校。栽培や加工、販売のノウハウを学ぶための圃場(ほじょう=農作物を育てる場所のこと)や設備がそろったパイロットファームだ。午前中は座学、午後は圃場や加工場で実地研修をおこない、知識や技術の習得を1日1組限定のマンツーマンでサポートする。

校長の岡田浩史さん。長野市古里地区で生アイスクリームなどを製造販売する会社「フル里農産加工」を営むかたわら、ヘーゼルナッツ栽培者の育成にも力を入れている

学校のある長野市真光寺地区からの眺め。「くねくね道を上って向かう感覚は、ヘーゼルナッツの産地、イタリア・ピエモンテ州を思わせます」と岡田さん

「目指したい農業スタイルも、圃場の広さも、抱えている事情も、みんなそれぞれ違う。だから僕の授業はいつだってオーダーメイド。開校から2年半足らずで500組以上の生徒を指導してきましたが、ひとつとして同じ内容の授業はありません」(岡田さん、以下同)

教えること、誰かの役に立つことが根っから好きだ。食品加工機械を扱う輸入商社に勤めていたころは、パティシエ時代の経験や知識を生かしてトップパティシエたちの悩みに寄り添い、ときには6次産業プランナーとして農家にコンサルティングをおこなっていた。

「ヘーゼルナッツ栽培を始めた当初は、地元の希望者に有償で苗木を提供して、栽培経験を記した手づくりの小冊子を渡していたんです。でも、ただお話するだけではなくて、実習もできる場所があったらいいなと。『それなら自分で学校をつくってしまおう』と考えたのが始まりでした」

午前中におこなわれる座学のようす。スライドをつかいながら、ヘーゼルナッツの概要や栽培方法などを丁寧に説明する

午後は圃場に出かけて実地研修。苗木の植え方もマンツーマンで指導してくれるので、作業のイメージが具体的につかめる

実を出荷するだけでなく、加工して価値を高める

岡田さんが提唱しているのは“儲かる農業”。自立できなければ、持続はできないと考えるからだ。そのためには、生産だけでなく加工と販売までを農家が一貫しておこなう、6次産業化が大切だと訴える。

「ヨーロッパでは加工、販売までが農家の仕事。だから山の中のワイナリーや田舎の牧場にも、お客さんがわざわざ足を運ぶ文化が根づいています。仕事で海外に行って、そんな光景を目の当たりにするうちに、日本がならうべき農業の形はこれだと確信しました。この国が目指すべきは、大農場を活用したアメリカスタイルの農法じゃない。狭い国土を有効利用しながら効率よく利益を追求する、ヨーロッパ型の農業なのです」

岡田さんがヘーゼルナッツ学校の生徒たちに6次産業化を推奨する理由がほかにもある。それは、ヘーゼルナッツが加工を前提とした農作物であるということだ。1000本の成木からは、およそ5トンの実を収穫できるが、これを殻つきのまま卸しても400万円ほどの売上げにしかならない。しかし、ロースト(焙煎)、プードル(粉末)、アッシェ(細かい粒)、パータノワゼット(ペースト)、プラリネ(飴掛けペースト)と、加工を重ねれば重ねるほど、その価値は高まっていく。

たとえば、手間のかかるプラリネを約5トンの果実からつくれば、その売上げは2000万円以上にハネ上がる。これらを2次加工し、焼き菓子やスプレッド、アイスクリームとして販売すれば、さらなる利益が望めるという。

学校の敷地内に置かれた果実と異物を選別する機械。ほかにもさまざまな農機具や加工用の機械がそろっている

機械で選り分けられたヘーゼルナッツの実。殻をむき、加工を加えると付加価値はさらに高まる

現在、日本国内で製菓材料としてつかわれているヘーゼルナッツの量は、年間約1万トン。そのほぼすべてを輸入に頼っているが、これがもしも国産に替わったら……。

「ヘーゼルナッツは新しい農産物でありながら、潜在市場がすでに開拓されている稀有(けう)な農産物です。日本人の繊細な味覚、嗅覚、細やかな感性を活かして品質管理をおこなえば、世界一のヘーゼルナッツを供給することだって夢ではないでしょう。日本のトップパティシエたちが国産のヘーゼルナッツをこぞってつかえば、世界に誇るブランド農産物になるはずです」

100年後の長野市をヘーゼルナッツの一大産地にするために、さらには国内需給率100%を実現するために……。岡田さんは今日も圃場でヘーゼルナッツを育て、学校では生産者を育てる。

「ただの使命感ですよ(笑)。だって僕がやらなかったら、こんなこと誰もやらないじゃないですか。微力かもしれませんが、それでも、いま僕にできることをやりたいのです」

10年以内に達成したいことは、見学が可能なヘーゼルナッツの加工施設兼製菓工場を地元に建設して、新たな観光スポットをつくることだそう。岡田さんは現在65歳。12年前に走り出したヘーゼルナッツにかける夢は、まだまだ終わらない。

Photo & Text:松井さおり

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