「帝国ホテル」総料理長・杉本雄、サステナブルな食材を求めて未知なる京都へ【前編】
2019年に38歳の若さで第14代目の東京料理長となり、話題を呼んだ「帝国ホテル 東京」の杉本雄シェフ。2025年4月からは第3代総料理長に就任し、東京、大阪、上高地、そして2026年春開業予定の「帝国ホテル 京都」の帝国ホテルのすべての味を司(つかさど)ることになりました。杉本シェフは近年、食を通じて社会課題を解決するべく、「おいしく社会を変える」プロジェクトを推進。そのヒントや極上の食材を求めて、京都の生産者たちを訪ねました【前編】。
京都最古のワイナリーで受け継がれる環境への配慮
東京・日比谷で約350名にのぼる料理人を率い、洗練された極上のフランス料理を提供し続けている帝国ホテルの杉本雄シェフ。この4月からはその職域を拡げ、食の分野におけるサステナビリティに関する取り組みもさらに推進していくという。そんなシェフが視察先に選んだのは京都。1000年の都が抱えるさまざまな課題を、食の観点から解決しようとしている生産者たちを訪ねるという。
「京都は(シェフが修行した)パリと似ていると感じていて、とても居心地がいいんです。どちらに暮らす人びとも、古くからの文化を守り、そんな自分たちを誇りに思っている。古いものを残しながら、いまの時代にマッチするよう、進化させているところも似ています。2026年春に予定している帝国ホテル 京都の開業を機に、京都の土地柄や文化、人と食との関わり方、考え方をしっかり学んだうえで、どんな食を発信できるのかを考えていきたいのです」(杉本シェフ、以下同)
シェフがまず訪れたのは、京都府のほぼ中央に位置する自然豊かな京丹波町。1979年創業の「丹波ワイン」は、京都の食文化に根ざしたワインづくりを続けてきた、京都初のワイナリーだ。

波ワインの自社ブドウ畑を視察後、醸造所と熟成庫を見学。木樽から直接ワインを飲むイベントが好評だと聞き、「コックコートを着た人に提供されると、料理がよりおいしく感じられるのと同じですね」と杉本シェフ
創業当初は、日本酒の蔵を借りて醸造していたという丹波ワイン。その名残(なごり)で、通常の密閉タンクではなくフタのない開放タンクでワインづくりをおこなっている。フタがないため作業がしやすく、ホーロー製のタンクは傷や清掃に強いというメリットがあるそうだ。丹波ワインでは、ワインづくりの過程で出る沈殿物を堆肥(たいひ)にし、ブドウ畑に活用している。ワインを熟成させた空樽をウイスキーの蒸溜所に譲ったり、空ビンは回収してリサイクルに回したりしているため、捨てるものはほぼゼロなのだという。
「ワインをつくってくれたものたちを、また活用して循環させているそうです。こうして生産者とお目にかかると、食材に込めた想いが伝わってくる。その想いをキャッチし、その方々にとってのゴールを理解したうえで、それを活かす調理法を考えていけると理想的だと思っています」

ワイナリーに併設されたレストランでは、ブドウ畑を眺めながら、ワインと地のものをつかった料理が楽しめる

この日のランチは、丹波ワインの赤をつかった和牛ボロネーゼソースのショートパスタ。聖護院(しょうごいん)かぶら、わさび菜など、京野菜がふんだんに使用されていた
続いて訪れたのは、京都府漁業協同組合の宮津地方卸売市場。京都に漁業組合があるのは意外に思えるかもしれないが、じつは京都府の北端は日本海に面している。宮津湾は丹後半島の東の“つけ根”あたりに位置し、ここには、かの有名な日本三景「天橋立(あまのはしだて)」もある。市場では漁協販売部部長の中西利一さんが、京都の漁業について、以下のように話してくれた。
「京都府漁協の課題は、漁師の数が減っとることです。サワラにイワシ、ブリ、サバ、アジ、イカ類にトビウオと、海洋資源は豊かながら、獲り手が足りないという状況。獲れたもんを運んでくれるドライバーも不足しています」
「丹後ぐじ」と呼ばれるアカアマダイは、宮津が誇る高級ブランド魚だが、その漁獲高も減少傾向にあり、小型サイズの魚は獲っても再放流するなどの対策をとっているという。

宮津湾をバックに、中西さん(写真右)ら京都漁港の方々と杉本シェフ
話を聞いた杉本シェフは、おおいに思うところがあったようだ。
「漁師さんたちは船を管理しながら高価な燃料をつかって、命がけで漁に出ていきます。多くの未利用魚が水揚げされるものの、売れるのはヒラメやタイ、スズキといったおなじみの魚ばかり。たとえ高級魚が釣れても、傷がついていたり、好まれないサイズのものだったりすると値がつかないのです。私たちはこうした現状を発信して、積極的につかっていく必要がある。ホテルでは高級魚もつかいながら、市場では価値を与えられないような魚も、積極的に活用していきたいですね」
伊根で出合った極上&超個性的な日本酒
宮津から天橋立を超えて丹後半島を北に進むと、やがて伊根湾に面した小さなまち・伊根にたどり着く。三方を山に囲まれた伊根湾の海岸沿いには木造の「舟屋」や蔵が建ち並び、「伊根町伊根浦伝統的建造物群保存地区」に指定されている。その一角にあるのが、創業260年の酒蔵「向井酒造」。この“日本でいちばん海に近い酒蔵”で酒づくりを担当しているのは、女性杜氏の向井久仁子さんだ。

伊根湾の海沿いに、舟が収容できる木造家屋「舟屋」が並ぶ。舟屋の裏には道路があり、それを挟んで山側にそれぞれの「主家」が建っている
向井酒造は、古代米でつくる赤い色の「伊根満開」や、焼酎麹(しょうちゅうこうじ)をつかった「夏の思い出」など、ユニークな日本酒を醸(かも)すことで有名。向井さんは江戸時代から継承されている生酛(きもと)や山廃の製法をつかいながら、自分自身の好みだというキリッと後口さわやかな酒を仕込んでいる。

海と山に挟まれた狭い土地に建つ向井酒造。米を洗って蒸すまでの工程を、3階建ての縦型の蔵でおこなう

酒蔵を見学後、海を望む舟屋の1階で、向井さんが丁寧に醸した酒を常温、熱燗(あつかん)などでいただく。辛口で芳醇な「京の春生原酒」にさわやかな酸味の「伊根満開」と、どれも独創的!
「酒蔵の杜氏は、キッチンでいえばシェフにあたる。ワインはブドウの出来によって毎年味が変わりますが、日本酒は一定の味わいを出すように工夫されてきたのではないかと思います。原材料であるコメは、天候や雨の量などの気象状況で、毎年の出来や量が左右されます。そのバラツキを長年、杜氏が技術を注ぎ込みながら一定の味になるように調整してきたのでしょう。向井さんもコメなどの原材料や自然に寄り添いながら、自分が飲みたいお酒をつくられていました」(杉本シェフ)
“海の京都”丹後の恵みを、とことん味わう
この日の締めくくりに向かったのは、リゾート旅館「天橋立離宮 星音(ほしのおと)」内のレストラン。こちらでは、生産者とのつながりを大切にしながら、丹波で獲れたブリやカニなどの魚介類、全国的に高い評価を得ている地元の農産物などを活かした料理を提供している。

伊根産のアマダイ、マアジ、マコガレイ、ヤリイカ、本マグロのお造り

メインは京野菜を添えた「間人(たいざ)ガニ」のしゃぶしゃぶ。カニ味噌と焼き白子のソースは、それだけでもごはんが進む濃厚な味わい
京丹後・間人漁港で水揚げされるブランド・ズワイガニ「間人ガニ」に、伊根産アマダイ、ウニ、トラフグ、宮津産アナゴと、海の恵みがぎっしり詰まったディナーコースを堪能。“海の京都”ならではのごちそうに、丹波ワインがピタリと寄り添う。京都市内はたびたび訪れていたものの、丹後地方は今回が初めてだと杉本シェフ。
「市内から車で1時間ほどで、こんなに自然がたっぷりある。海も山も豊かで、ぜんぜん知らなかった京都をたくさん発見できました。明日も、より魅力的な京都に合うのが楽しみです」
――後編では、京丹波のジビエや、宇治の茶畑をめぐります──
photo&text:萩原はるな