牧師・奥田知志×マヒトゥ・ザ・ピーポー「コロナ禍で見えた差別と分断の構造」【前編】
戦争や紛争の引き金になっているのは、貧困や差別をはじめさまざまな問題があります。世界が争いへと向かわないために、まずはその根源と向き合い、何が起きているのかを考えることから始めなくてはなりません。牧師でNPO法人「抱樸(ほうぼく)」代表の奥田知志さんと、ロックバンド「GEZAN」のフロントマンを務める音楽家・マヒトゥ・ザ・ピーポーさんの対話から、未来のためにできることを考えましょう。
コロナ禍と戦争はつながっている
北九州を拠点に、困窮者や子どもたちはもちろん、あらゆる人を“ひとりにしない”活動を続ける奥田知志さん。音楽活動を通して、反戦のメッセージを発信し続けているマヒトゥ・ザ・ピーポーさん。この2人が、いま世界で起きている問題や、戦争のない社会のためにできることは何かを話し合った。

奥田 最初にマヒト君と会ったのは、『#WiSH』というドキュメンタリー映像作品のインタビューでした。
マヒト 2020年、コロナでライブハウスがやり玉にあげられたとき、学生時代によくあるような、自分たちより下とか、悪いやつだとかいうポイントをつくって人を叩く、いじめの構造みたいなものが思い出されたんですね。自分の身近な人たちも苦しんでいた。いつか、当時ここであったことも曖昧(あいまい)に流されて、漂白されることが想像できたから、これを残しておきたいなと。人に会えないとか、集まることができなくてオンライン上で会ったりしていた期間で失ったもの、失っていたと気づいたこと、人と会うことや生きるって何だったのかということ、いま感じていることをアーカイブするためにつくった映像でした。
奥田 いじめの構造もそうですが、夜の街やライブハウスのクラスターにエビデンスはなくて、スケープゴートのように、よくわからないうちに誰かのせいになっていく。たとえば、関東大震災で朝鮮人が虐殺されたように、必ずそういう差別構造によって、民衆の気持ちが逸(そ)らされていくんです。もうひとつは、あきらめですよね。コロナだから仕方ないとか、これだけ世界情勢が危うくなっているから憲法を変えざるを得ないとか、何でもかんでも何かのせいになる。

マヒト そういうふうな仕方なさを行動原理にしていいと変なふうに助長する、コロナはそういう思考の訓練になっていたという気はしますね。
奥田 コロナ禍では、人種も貧富の差もなく、全世界の誰もが平等に当事者になった。アメリカ・ファーストのように、自分たちさえよければいいという一国主義から、みんなで協力しないと生き残れないぞと、世界が協調路線に戻っていくのかと思っていました。それがフタを開けてみれば、誰かが悪者にされ、何でも仕方ないとあきらめていくクセがつく。コロナ渦中に戦争が地続きで起こるというのは、つながったできごとだという気がしましたね。
マヒト 知志さんが持っていた期待とは裏腹に、自分に見えていた世界では、論破して白黒をはっきりつけるとか、誰かを打ち負かすことを気持ちのいいこととするような、真逆の動きが加速したと思うんです。曖昧なものを曖昧なままにしておくことを許さず、自分はあいつらとは違うとか、輪郭をはっきりさせようとすることが増えた。

奥田 期待と逆の方向に行ってしまったのはまったくそのとおりで。コロナが広がり始めた春にデマが拡散してトイレットペーパーがなくなった際も、みんなが協調路線で分け合うのかと思ったけれど、誰もが自分のことしか考えない。思いやりのような想像力が働かず、買えないおまえが悪いとなる。マヒト君が言うように曖昧模糊としたものを本来の人間とするならば、上も下もないはずなんですよね。SDGsも貧困をなくそうという動きが悪いわけではないけれど、「誰ひとり取り残さない」という言葉の裏には、かわいそうな人に上から手を伸ばしながら、おまえのことは忘れないと言っている分断構造が透けて見える。それがヘタすると権力構造になる。コロナが教えてくれたように全員が当事者ならば、「誰ひとり取り残されない」と言ったほうがいいんじゃないかと。
マヒト そこにはヒエラルキーみたいなものが読み取れますよね。
奥田 僕らもホームレス支援から始まって、「支援」という言葉を30年以上つかってきたけれども、やっぱりその言葉は権力的なんですよね。
▼中編につづく
PROFILE
奥田知志 Tomoshi Okuda
1963年生まれ。1990年、福岡県北九州市の「東八幡キリスト教会」に牧師として赴任。学生時代からホームレス支援に携わり、生活困窮者への伴走型支援をおこなう抱樸を設立。活動の一環として福祉と共生の拠点をつくる「希望のまちプロジェクト」を実施中。絵本の著書に『すべては神様が創られた』がある。
マヒトゥ・ザ・ピーポー
1989年生まれ。2009年、オルタナティブロックバンドGEZANを結成。最新作は2023年、自身のレーベル「十三月」からリリースした、GEZAN with MillionWish Collectiveでのアルバム『あのち』。荒井良二が絵を担当した原作絵本『みんなたいぽ』も発売中。初めて監督・脚本を務めた映画『i ai』も。
●情報は、FRaU2023年8月号発売時点のものです。
Photo:Tomohide Tani Text & Edit:Asuka Ochi
Composition:林愛子