軍を廃止し、国民幸福度を高めたコスタリカから、いま日本が学ぶべきこと
日本の防衛費は年々増大しています。世界情勢が混乱するなかで、いかに国を守り国際社会と協調していくかが大きな議論の的になっています。一方、軍隊も基地も持たず、75年間にわたって安定した民主主義体制を維持しているのがコスタリカ。その国づくりを、関係者のインタビューとともに仔細に記録した2016年製作のドキュメンタリー映画『コスタリカの奇跡~積極的平和国家のつくり方~』が、私たちにひとつの示唆(しさ)を与えてくれます。
軍隊を手放すことで得た、すこやかで幸福な社会
コスタリカが位置するのは、カリブ海と太平洋に挟まれた中央アメリカの一角。人口はおよそ515万人で、国土面積は5万㎢程度。九州と四国を合わせた程度の小さな国だ。本作の監督を務めたひとり、アメリカ人社会学者のマシュー・エディーさんがこの国に関心を寄せるきっかけは、ある世論調査だった。

「イギリスのニュー・エコノミクス財団(NEF)が発表する『地球幸福度指数(Happy Planet Index)』で、コスタリカは常に上位にランクインしているんです。なぜ資源も潤沢ではない小国でこのような結果が出るのか。その理由を知りたいというのが発端でした」

現地で調査を進めるうち、国民の幸福度が高い理由のひとつに、安定していて充実した社会保障、社会福祉の仕組みが挙げられるとわかった。
「GDPの8%を教育費にあてることが憲法に明記されており、高校まで学費は無料。識字率は98%を超えています。また国民皆保険制度によって国公立病院で支払う医療費も無料です。医療の質も高く、メディカルツーリズムの旅先として注目を集めている国でもあるんです。さらに環境保全も進んでいます。国立公園や自然保護区の面積が国土の4分の1におよぶほか、環境負荷の少ない水力発電を主とし、再生可能エネルギーによりほとんどの電力をまかなっている。先進的な取り組みを進めているのです」
カギを握るのは外交力と国際法

こうした豊かな国づくりの骨格をつくったのは、国内では英雄として讃えられているホセ・フィゲーレス。熾烈な内戦に勝利し、1948年に大統領に就任した人物だ。
「人口の5%が亡くなった凄惨な内戦の教訓から彼が下したのは、常備軍の解体という大胆な決断です。膨大なコストと犠牲を生む暴力を手放す代わりに、“兵士よりも多くの教師を”のスローガンを掲げました。軍事予算を教育や医療、環境保全にあて、すこやかな国づくりを目指したのです。非武装を理想論で終わらせず実装できたのは、高い理想を持ちながら、現実的な目線を携えていた彼だからこその功績といえます」
1983年にはモンヘ政権下で「永世中立」を宣言。平和への道を突き進む一方、周辺には独裁国家も点在し、北には大国アメリカも控える立地ゆえ、非武装が揺るがされかねない局面に何度も見舞われた。だが、その都度踏みとどまれたのは、高い外交力を持つリーダーがいたからだ。

「最大の危機は1980年代の冷戦時代です。社会主義国家と関係が緊密だった隣国ニカラグアに対抗するため、アメリカから再軍備を求めて圧力がかけられました。世論も揺れましたが、さなかの86年の大統領選で国民が選んだのは、非武装を貫くことを提唱するオスカル・アリアスでした。彼は綿密な外交により他国と信頼関係を築き、圧力をうまくハネ返しました。さらに冷戦により深刻化していた中米諸国の対立にも対話によって終止符を打った。その功績から、ノーベル平和賞を与えられました」
国境紛争の際も、コスタリカは国際的な法の枠組みに頼った。
「たとえば、2010年に起きたニカラグアとの国境紛争の際は、武力衝突の危機に直面しました。しかしコスタリカが頼ったのは国際司法裁判所。ニカラグアを提訴し、国際法に解決をゆだねることで回避しました」

敵をつくらない外交と、国際社会の一員としての意識。主にその2点によって非武装を貫いてきたコスタリカは、近年はまた新たな局面を迎えているとマシューさんは話す。
「貧富の差が広がり、犯罪が増加したり、麻薬取引の中継地点とされたりという新たな課題が生まれています。移民問題が浮上したり、2016年の映画製作以降も、温暖化により主要産業であるコーヒー豆の生産が低下したり。以前にも増して難しい局面に立たされているのは間違いありません。でもそれは一国に限った話でなく、世界の動きと呼応してのこと。相対的に見ればコスタリカはいまだに最も安全ですこやかな国のひとつであり続けています。国連でもリーダーシップを効果的に発揮していて、小国ながらも環境や非核化などさまざまな課題を積極的に前進させている。その点はコスタリカの稀有(けう)な力だと思います」
既存の平和憲法に誇りを持つこと

日本は第二次世界大戦の教訓から、憲法9条で「戦争の放棄」と、武力に頼らず平和を希求する立場を表明した。いま、憲法を見直そう動きもあるなか、マシューさんは「自分たちの平和的なアプローチに誇りを持つべきだ」と説く。国の規模や抱えるバックグラウンドが異なるコスタリカから学べるのは、まさにこの“誇り”なのだと。
「コスタリカで私たちが独自におこなった調査によれば、およそ9割もの人々が、いまなお軍隊を持たないという決断を支持していました。彼らはその充実した教育制度のなかでも、非武装に対する誇りを積極的に育んでいます。日本は、自分たちの平和的な憲法がいかに素晴らしいものであるのかにもっと自覚的になるべきではないでしょうか。平和に向けて過去の教訓から下した大胆な決断をどんな状況でも手放さなかった姿勢こそ、コスタリカから学ぶべきものだと思います」
『コスタリカの奇跡~積極的平和国家のつくり方~』

1948年に軍隊の廃止を宣言。軍事予算を社会福祉に充て、国民の幸福度を最大化する道を選んだ中米・コスタリカの奇跡に迫ったドキュメンタリー。ホセ・フィゲーレスやオスカル・アリアスら元大統領のほか学者などのインタビューを交えつつ、国づくりの詳細が明らかになる。監督・プロデューサー:マシュー・エディー、マイケル・ドレリング cinemo.info/48m
PROFILE◆マシュー・エディー サザン・ユタ大学社会学准教授。オレゴン大学で社会学の博士課程を2013年に修了。博士論文で、コスタリカの歴史や非暴力的なコスタリカ人の国民性についての調査結果を書いている。現在は日本の憲法9条にも関心を寄せ、調査を進めている。
●情報は、FRaU2023年8月号発売時点のものです。
Photo:Masanori Kaneshita(portrait) Interpretation:Yumi Fukushima Text & Edit:Emi Fukushima Cooperation:UNITED PEOPLE
Composition:林愛子