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世界にひとつだけの包装紙づくりから学ぶ、贈り物に込められた想いとデザインの力
世界にひとつだけの包装紙づくりから学ぶ、贈り物に込められた想いとデザインの力
COLUMN

世界にひとつだけの包装紙づくりから学ぶ、贈り物に込められた想いとデザインの力

大切な贈り物を包装紙に包むことで想いとともに届けるという精神は、日本の文化のひとつです。老舗百貨店の三越は、包装紙をテーマにした教育プログラムを日本各地で開催しています。参加した子どもたちは、どんな学びを得ているのでしょう? ワークショップのようすをリポートします。

ねらいは、“自然と人を尊ぶ心”を育むこと

今年で創業350周年を迎えた百貨店の三越。その記念事業として、地域社会と連携した日本文化振興のための取り組み「みんなでつくる華ひらく 共創包装紙教育プログラム」を、2023年6月から実施している。目的は、日本人の根底に流れる「自然に対して敬意を払う気持ち」や「相手を慮(おもんぱか)る気持ち」、そして「人がつくり出すデザインの力」という、日本独自の文化芸術を次世代へ引き継ぐことだ。

「“小学生”とつくる『共創包装紙』プロジェクト」では、全国の三越店舗がその地域の子どもたちに対して、包むことや自然の造形美について学び、包装紙をデザインするワークショップを展開。東京都の中央区立京橋築地小学校や福岡県立太宰府特別支援学校など、日本各地でおこなわれる。プログラムを監修するのは「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」。戦前から戦後にかけてパリやニューヨーク、東京などで活躍した画家・猪熊弦一郎氏は、70年以上にわたり三越で使用されている包装紙「華ひらく」を描いた人物だ。

おなじみ三越の包装紙。これに「華ひらく」の名前がついていることは、意外に知られていない

同美術館長の長原孝弘さんは、猪熊氏の「日本に美のわかる人をもっと増やしていきたい。美のわかる人こそ平和を求める人だと思います」という言葉を引きつつ、こう語る。

「感受性の強い時期は、ひとつの刺激から多くのものを受け取れる。それが基礎となって、美しいものに共感できる人が育ちます。この教育プログラムによって、子どもたちは猪熊が『華ひらく』をつくる過程を追体験することになるでしょう」(長原さん)

ワークショップでは、この「華ひらく」から一部デザインを抜いたものをベースに、実際の包装紙と同じ「スキャパレリレッド」一色で印刷された紙を子どもたちが自由に切り貼りし、グループワークで協働しながら包装紙をつくり上げていく。

ワークショップのようす。包装紙づくりに挑戦する子どもたちの顔は、真剣そのもの

講師を務めるのは、「華ひらく」をはじめとした三越の用度品のデザインなどに長く携わり、グッドデザイン賞審査員なども務めるグラフィックデザイナーの岡本健さんだ。

「デザインにもアートにも作法はとくにありません。小学生時代は自由な感覚をもてる時期だと思いますが、大人になってもその感覚を保ち続けてほしい。時代を経るにつれてデジタル化が進み、紙など実物に触れる機会が減っています。そうしたなか、これだけ長きにわたって包装紙がつかわれている事実と意味を知ってもらいたい。その背後に画家やデザイナーなどがかかわっていることも知ってもらえたらうれしいです」(岡本さん)

講師を務めるグラフィックデザイナーの岡本さん。「自然の造形美へ思いを馳せながら、自由な発想でデザインすることが大切。ワークショップを通じて、子どもたちに伝えたいことがたくさんあります」

自然をモチーフにした包装紙に込められた意味

第1回目のワークショップには、中央区立京橋築地小学校の5年生37名が参加した。同校の児童たちは銀座三越と関係性が深く、4年生時に銀座三越の屋上ファームでイモを植えつけ、収穫するのが年中行事になっているという。

ワークショップは日直の号令とともにスタート。銀座三越の店長・榎本亮さんは、三越や包装紙の歴史に触れつつ、「デパートへは行ったことがありますか?」と子どもたちに問いかけた。「ある〜!」「お総菜を買いに行く!」といった元気な声とともに、たくさんの手が挙がる。

「大切な方に向けて贈り物をするときにつかう包装紙は、品物だけではなく皆さんの思いも含めて包む大事な役割を果たしています。そんな包装紙に皆さんのアイディアが加わって、新たな包装紙ができることがとても楽しみです。銀座三越は外国人のお客様も非常に多いお店。ですから、今回の包装紙が世界中に広がるということも思い描いてくれたらうれしいです」(榎本さん)

三越のスタッフによる、ラッピングのデモンストレーション。鮮やかな手つきに、子どもたちの目は釘づけ

続いてデザイナーの岡本さんが、日本の贈答文化に根づく「相手を慮る様式美について」「包むとは」「贈り物とは」といったテーマでレクチャーをおこなった。

「包装紙とは、『包む』『装う』と書きます。この包と装の意味はそれぞれ、包む、守る、飾る、整えるという意味が込められているそうです。贈り物を包むということには、とても長い歴史があります。そもそもは神様への贈り物としてお供え物をしたことが最初。供える際には白い紙で包んでいました。その白い紙は、古来ではとても貴重でした」(岡本さん)

白い紙で包むことで、まず自分の心身を清められる。さらに、お供え物に悪いものが寄りつかないようにするという、おまじないのような役割があったそうだ。

「さらにヒモで結ぶことで、魂が宿るともいわれてきました。さまざまな形の折り方や結び方が生まれていきましたが、これは日本人の感性の豊かさの表れだと思います。世界的に見ても日本というのは、包む文化がとても優れている国なのです」(岡本さん)

大切な人に大事なものを渡したい、贈りたいという気持ちがずっと続いてきた結果、贈り物を包むという文化が涵養(かんよう=ゆっくり養い育てること)されていったのだという。

岡本さんの問いかけに、児童たちの手が活発に挙がっていく

「たくさんある包む形には、お父さんやお母さんにありがとうと伝えたり、好きな人にその気持ちや大切に思っていることを伝えたかったり、そんな気持ちが表れているのだと思います。贈り物を包むのは、そうした心を形にするためなのではないかと僕は思っています」(岡本さん)

続いて岡本さんから、「『華ひらく』のモチーフは何か」とクイズが出された。子どもたちの回答は、「植物」「花びら」「マガタマ」「桜」「幸せ」「芋」など。かなり自由だ。

正解は、画家の猪熊氏が千葉県の犬吠埼を散策していた際に見かけた「石」だそう。戦後間もないころ、海岸で波に洗われる石を見て、「波にも負けず頑固で強く」「自然の作る造形の美しさ」をテーマに作成されたのだという。

「この包装紙がつくられた1950年は戦争が終わったばかりで、大きなケガをした人や気持ちが落ち込んで元気がない人がたくさんいたのだと思います。そんな時代に、猪熊さんは波打ち際でどっしりと構えて大きな荒波が来てもびくともしない石たちを見て、『これからの日本には、波にも負けない頑強な気持ちが必要だ』と思ったそうです」(岡本さん)

もうひとつのキーワードは、自然の造形の美しさ。

「石は一つひとつ大きさも形も違いますよね。石たちは長い年月をかけて、雨に打たれたり、波に洗われたり、川に流されたりして、角が少しずつ取れて丸くなっていきます。自然が長い時間をかけてつくってくれた形に、猪熊さんは美しさや心地よさを感じ、その美しさを表したくて、石を選んだのではないでしょうか」(岡本さん)

さらに、『アンパンマン』の作者・やなせたかし氏が三越で勤務していたとき、この包装紙のデザインに関わり、「mitsukoshi」の文字を描き入れたエピソードが披露されると児童たちがおおいに盛り上がった。

「自然のつくる形は、すごく魅力的で、飽きがこなくて、学ぶところもたくさんあり、ずっとつかいたいと感じる人が多い。皆さんもぜひ、身の回りにある自然の形をモチーフにしたものを見つけてみてください」(岡本さん)

――後編では、子どもたちが包装紙づくりに挑戦しますーー

text&photo:市村幸妙

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