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「新鮮で安い」を求めつづけ、日本から魚は消えていく
「新鮮で安い」を求めつづけ、日本から魚は消えていく
COLUMN

「新鮮で安い」を求めつづけ、日本から魚は消えていく

食べることは、生きる基本。だから、子どもは食育を通して、食にまつわる正しい知識を身につけ、生きる力を育みます。でも、大人はどうでしょう? 食を取り巻く状況は日々目まぐるしく変わっています。深刻化している貧困問題や、社会全体での取り組みが叫ばれている食品ロス問題。漁業も、農業も、大きな転換期にあります。

未来の食を考えるには、現状を知ることが大切。知っておきたい食の課題と、解決に向けた取り組みを学びましょう。今回は、東京海洋大学産学・地域連携推進機構准教授の勝川俊雄さんに伺いました。

いま、日本の海と魚は
大きな危機に直面している

「日本近海の魚が減っている」と聞いてピンと来る人はいるだろうか。ここ数年、「記録的なサンマ不漁」といったニュースを見たり、ウナギの値段が高くなったと感じることもある。でもスーパーにはほかの魚が大量にあるし、大丈夫でしょ? いや、まったく大丈夫じゃないのだ!

農林水産省の統計によると、2020年の海面漁業(海で行われる漁業)の漁獲量は315万6500トン。比較可能な1956年以降、最低の数字となった。海の天然魚の漁獲量はピーク時の1984年の1150万1000トンから約7割減。それぞれのピーク時に比べてサンマは94.8%減、サケ類は80.5%減、こんぶ類は75%減など、私たちの食卓に並ぶ身近な魚や海藻が劇的に数を減らしているとわかる。

「日本近海から魚が減った大きな要因のひとつが、日本の漁船による過剰な漁獲だと考えます。気候変動による海水温上昇なども影響しているかもしれませんが、それだけが原因であれば世界中の海で魚が減っているはず。でも世界全体で見ると天然の漁獲量は横ばいで、これほど漁獲量が減っているのは、日本近海くらいなんです」と勝川俊雄さん。

日本だけが魚を獲りすぎているということ?

「それぞれの魚の増加ペースに合わせて漁獲すれば、水産資源が劇的に減るということはありません。実際、欧米では1970年代から持続的に魚を獲れる漁獲量を専門家が科学的に算出し、それに基づいて個々の漁業者や漁船に年間の漁獲枠を割り当てています。あなたの船は今年はこの量までしか獲ってはいけませんよという上限を魚種ごとに設定することで魚の量を適切に保ち、持続可能な漁業を実現しています」

日本では2018年に改正漁業法が施行され、一部の魚種で欧米と同様に適切な漁獲枠が配分されることになったばかり。欧米が「ちゃんと残して、価値ある魚を高く売る」漁業に転換したのに対し、日本ではまだ「獲れるだけ獲って、安く売る」という漁業の考え方が根強く残っているという。でも、それってどうして?

「法整備の遅れはもちろんですが、そこに踏み切れずにきたのには消費者がそれを求めてこなかったというのも要因だと思います。近年、野菜や肉に関してはトレーサビリティを求める声が高まり、値段よりも品質、環境への配慮、生産者の顔が見えることなどを重要視する傾向にあります。ただ魚に関してはどうでしょう?『新鮮で安い』ことが一番で、それ以外の部分に価値を見出す消費者は多くない。安さを求められる生産者が薄利多売の道を選ぶのを一方的に責めることはできません」

たしかに……。でも、なぜ私たちは魚のトレーサビリティに無関心なのだろうか?

「それは独特な流通システムにあると思います。上の図で示したように、水産物には複雑な流通経路があります。それゆえ、どこで、誰が、どんな漁法で獲った魚かを消費者段階で把握できない仕組みになっています。ただ、もし消費者が本気でトレーサビリティを求め、価格以外の価値で魚を選び、それを適正価格で買うようになれば、変化は必ず起こります。消費者が求めれば、小売は卸売業者にそれを要求しますし、卸売業者は生産者に働きかけるでしょう。システムの川下にいる消費者のアクションが何より大きな力になると私は信じています」

法整備が進み、漁業界は少しずつ変化が期待される。それを後押しするためにも、日々の魚選びを見直し、本当に価値ある魚とは何か、ひとり一人が考えることが必要なのだ。

食卓に魚が届くまでに注目すべきポイント

水揚げ産地

魚を獲った船は日本に約3000ある漁港のどこかを選び、水揚げを行う。輸入品以外の魚介類は漁獲した生産水域または養殖地名を記載することが法律で定められているが、水域名の記載が困難な場合は例外として水揚げ港名かそれが属する都道府県名を記載できることになっている。たとえば南太平洋で漁獲されたマグロも銚子港で水揚げされれば「国産」かつ「銚子港産」となる場合も。魚の本当の産地を消費者が正確に知るのは制度上難しいのが現状だ。

産地市場

全国の主要な漁港には市場が併設されており、毎朝セリが行われる。漁師は水揚げした魚を分類し、セリ場に並べるまでが仕事。どの魚をいくらで売るか、価格を決めることはできない。セリに参加するのは主に地元の流通業者(産地仲買)や加工業者。彼らは水揚げされた魚をチェックし、自分の利益が出るような価格で購入希望金額を提示、競り落としていく。その後、全国の相場を見ながら、最も魚が高く売れそうな消費地市場へ魚を送る。

消費地市場(中央卸売市場)

国内外から水産物を集め、小売店や飲食店に供給する市場。大都市を中心に全国29都市に34市場が設置されている。セリや入札などの公正な売買取引によって適正で透明性の高い価格形成がされることや、必要な場所に迅速に水産物を届ける機能は消費者にとってありがたいが、一方で、どの魚が、どこでどのように獲れたのかを消費地へと伝える機能はなく、それが産地と消費地、2つの市場を経由する日本独特の多段階流通の問題点ともいえる。

小売店、飲食店

2つの市場を経由した水産物にはその都度手数料が上乗せされ、小売店や飲食店へ。小売店では仕入れた魚を切り身にするなど店内で加工を行うこともあり、その分の人件費なども上乗せされ、小売価格が決められる。近年、高い購買力を持つ大手スーパーなどは産地の流通加工業者や県漁協などと直接売買をするケースが増え、市場経由率は低下傾向にある。同時に産地と直接取り引きをすることで、トレーサビリティを確立しようとする動きもある。

PROFILE

勝川俊雄 かつかわ・としお
東京海洋大学産学・地域連携推進機構准教授。専門は水産資源学。日本の漁業を持続可能な産業に再生するべく活動。著書に『魚が食べられなくなる日』(小学館新書)など。

●情報は、『FRaU SDGs MOOK FOOD』発売時点のものです(2021年10月)。
Illustration:Kaori Yamaguchi Text & Edit:Yuriko Kobayashi
Composition:林愛子

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