これまでも、この先も。北の大自然と共存してきたアイヌの文化を伝えたい【前編】
近年の多文化主義とエスニシティが高まるなか、アイヌの方々への注目も集まっています。「ゴールデンカムイ」のマンガ(集英社)やアニメで興味を持った人も少なくないでしょう。若い世代の間で話題にのぼることも多くなったアイヌ民族。トラベルライターの鈴木博美さんが、伝統衣装などのアイヌの文化と、ゆかりの地をめぐる旅に出ました(前編)。
平成生まれのアイヌ・現役大学生が伝えたい文化
2020年7月に北海道中南部・白老町のポロト湖畔にオープンした「ウポポイ(民族共生象徴空間)」は、日本初のアイヌ民族をテーマにしたナショナルセンター。「ウポポイ」とは、アイヌ語で「大勢で歌う」。センターは、北海道を中心に広がるアイヌ文化の復興と発展を促す拠点となっている。敷地内には博物館での展示や伝統芸能の実演やショーがあり、村や植生の再現を通してアイヌの世界観や生活、産業、歴史や文化を伝える役割を果たしている。そんなウポポイを、アイヌ文化の担い手たちが案内してくれるツアーもある。
「イランカラプテ〜(こんにちは)」。ウポポイの入口で出迎えてくれたのは、札幌大学3年生の結城泰(ゆうき・たい)さん。ウレシパ奨学生で、地域共創学群に所属している。札幌大学には「ウレシパ奨学金」というユニークな制度があり、所定の要件を満たすアイヌ子弟が積極的にアイヌ文化に関わる学習活動を行い、その成果を社会に向けて発信する使命を持って修学することで奨学金が給付される。「ウレシパ」とは「育てあう」という意味のアイヌ語だ。
生まれも育ちも札幌市の結城さんはアイヌのルーツをもち、幼い頃からアイヌ関連のイベントなどに積極的に参加してきた。「泰」はアイヌ語で森や林を意味するタイに基づいている。レチャシというポンレ(アイヌ語でニックネーム)も持っていて、レ=3、チャシ=砦や城、タイ=森や林を意味するそうだ。
ウポポイのメインストリートを進むと、チセという茅葺(かやぶ)きの伝統家屋群があらわれる。
「チセには大きな決まりがあります。上手(かみて)に神窓、下手(しもて)に出入り口がつくられます。上手といわれる方向は、家が建っている地域が崇めているものによって異なります。崇める対象はさまざまで、東など方角や川上、高い山、海などがあります。上手の外には祭壇や仔熊飼養檻(ヘペレセッ、子熊を飼う小屋のこと。熊が冬眠している穴に子熊がいた場合、カムイ【神々】の預かり物として大切に育てるアイヌの風習がある)など、カムイと関わりの深い施設がつくられ、下手の外には人間が使うトイレなどがつくられました」(結城さん、以下同)
なるほど。生の言葉が心にスーッとしみ込んでくる。ただ園内を歩いているだけでは、こうしたアイヌ文化を知ることはできなかっただろう。
「これ何だかわかりますか?」。結城さんが、ポケットから竹製の道具を取り出した。子どもの遊び道具にも見えるのは「ムックリ」というアイヌの口琴(こうきん)。左手指で楽器を持って板(弁)の先端付近に口を当て、吸ったり吹いたり、口の形を変えたり、右手指で棒を持って紐を引っ張ったり緩めたりしながら弁を振動させて、さまざまな音色をつくり出す。「びよ~ん」という不思議な音で、感情や海や川、雨や風の音、動物の鳴き声などを自在に表現できるという。
ムックリの倍音(ある音=基音が鳴ったときに付随して出てくる共鳴音など)に富んだ音色は、モンゴルのホーミーやオーストラリアの先住民アボリジニの楽器ディジュリドゥを思わせる。ムックリの音色が草むらをわたる風と絡み合って、どこか遠い世界にいるような、あるいは夢のなかにいるような不思議な感覚にとらわれた。
併設される国立アイヌ民族博物館では、アイヌの人々が実際につかっていた生活の道具や解説パネルなどで、過去から現在のアイヌの文化を知ることができる。結城さんが展示室を巡りながら、アイヌの習慣、道具のつかい方や衣装や装飾に描かれた模様の意味などを、ていねいに説明してくれた。
別れぎわ、結城さんが想い描く未来について聞いてみた。
「アイヌ文化はあまり注目されない時代もあったかもしれませんが、実際にはこんなに豊かな学びを与えてくれます。いま自分の手にあるバトンを次へつなぎ、アイヌ民族の次代のために環境を整えて、多文化共生に貢献できたらうれしいですね」
約1時間30分のガイドツアーだったが、とても充実した時間が過ごせた。「もっとアイヌを知りたい」。強くそう思った。
text:鈴木博美 取材協力:ウポポイ(民族共生象徴空間)、株式会社NEPKI