コムアイ×荻上チキ「戦争をしない“一線を越えない国”をつくるため、いま私たちができること」【後編】
戦争や紛争の原因は貧困や差別など、さまざまです。世界が争いへと向かわないために、まずはその根源にあるものと向き合い、何が起きているのかを考えることから始めましょう。アーティストのコムアイさんと、評論家の荻上チキさんの対話から、現在の平和への課題、未来のためにできることを考えます。
加害の歴史を踏まえて、私たちはどうあるべきか
コムアイ 一線を越えない国づくりをするうえでは、自分たちが何をしてきたのか、加害の歴史に対して目を向けることも大事ですよね。日本ではその教育が甘いことがすごく気に掛かっています。リニューアルされた広島の平和記念資料館の展示も素晴らしかったんですが、加害の歴史に関する言及は少ししかなくて。自分たちが踏んだステップを正しく振り返らないと、次に他の国や自国で戦争が起きそうなときに、絶対に止められないよなと。
荻上 そうですね。被害者ナショナリズムで結束することの問題点は多々指摘されています。アジア・太平洋戦争について、ABCD包囲網によって日本は追い込まれてやむを得ず開戦したんだと肯定したり、日露戦争や満蒙開拓団など自分たちの植民地主義的な振る舞いを、アジア解放のためだったと擁護(ようご)したり。もちろん被害の側面から、政府を暴走させないことも重要ですが、加害性と向き合わなければ、歴史の改ざんや他者への攻撃にもつながります。そこに向き合うことではじめて、ロシアを、より正当に批判できると思います。

コムアイ たとえばドイツでは、加害の歴史に関する教育って進んでいるんでしょうか? いまのウクライナに対して、当初戦車の供与に慎重だったことも、過去の教訓が影響しているのかなと。
荻上 たしかにドイツは、街なかに戦争に関する資料館があったり、ユダヤ人虐殺にまつわるモニュメントが点在していたりと、日常の風景のなかに自然と加害の歴史への教訓が存在しますし、反戦世論も強いと思います。でもそれで国じゅうが一致団結しているかというと、そう単純でもありません。ネオナチも存在するし、右派勢力も台頭してきています。加えていまは、西側諸国の一員としての危機意識もある一方で、難民受け入れについてはシリア危機以降、意見も分かれています。それでもドイツを含むEU、NATO加盟国は、ウクライナを支援すべきだと訴えている状況です。
コムアイ そうなんですね。
荻上 軍事的な抑止力によって平和を目指そうという立場と、武器を手放して対話にこそ頼ろうという立場、便宜的にいうなら右派と左派が相反するものになってしまい、論争すら成り立たない状況になりがちです。にも関わらず、互いに言説をアウトソーシングしているところがある。それは日本でも同様で、たとえば左派は、右派に安全保障の議論を丸投げしつつ、右派の“好戦性”を非難します。でも自衛隊にはいてほしいし、日米同盟の破棄までを望む人は少数でしょう。一方で右派は、世界の自由民主連盟の一員としてロシアを非難しますが、これまで左派が改善を先導してきた人権への取り組みに依存する面もあります。でも国内の人権問題は軽視する面もある。ある意味、構造的にアウトソーシングとフリーライドしながら、総体として不可思議なバランスをとっている状態ですね。安全保障についての考え方は、“平和をもたらす”ための思考をどう構築するのかの計算式の違いでもありますが、“向こうの集団と自分たちは違う”という集団間対立が強化されるのは問題です。せめて自分がどの立場で何を議論しているのか、メタな視点で考えつつ情報に触れたりコミュニケーションしたりすることが必要だと思います。
コムアイ 本当にそうですよね。選挙でも、双方がパラレルワールドで主張を展開しているからまったく対話になっていない。違う意見を持っている人たちがそれぞれ別の候補者を応援しているだけ。互いの違いを際立たせるだけではなく、もっと両者が重なる部分を探すことも大事だなと思うんです。話し合った結果、ほとんど意見は食い違っていたけどここだけは全員で共有できたという点を持つべきだなって。

荻上 そうですね。戦争をしないというゴールと、国として“越えてはいけない一線”を確認したうえで、その手段を一つひとつ議論していく。時間はかかるけれど、そういう丁寧な作業を経て積み重ねていくしかないでしょうね。
コムアイ そういう議論ってどういうところでおこなえるんだろう。少し話は逸(そ)れるかもしれませんが、この前、ヤフーニュースのコメント欄に少しだけ希望を感じたんですよね(笑)。
荻上 ええっ、本当ですか?
コムアイ 少し前に私は、パートナーと籍は入れずに出産することを発表したんですが、それがヤフーニュースに転載されて、500件ほどのコメントがつきました。ぜんぶ目を通したんですが、意外にもすっごく面白かった!
荻上 すごいメンタル……。
コムアイ 自分が日ごろ見えていない世界で生きている人たちの声が入ってきたんですよね。いまだに「うちに嫁(とつ)いできたのだから家を守れ、墓を守れ」と言われるという女性の話とか、地方と都会とでは感覚が違うという意見とかがあって。あと発表のなかで私は、いまの婚姻制度では夫婦別姓が選択できないことにも言及したんですが、それに対して苗字を変えることがいかに大変だったかを書いている人もいれば、苗字が変わることに肯定的な人もいたり。極めて個人的な感想がすごくライトに書いてある。ああ、それも日本だったよなと再発見することが多かったんです。ただの荒れている場所だと思っていたんですが、これこそある意味求めていたものだなと。
荻上 混沌(こんとん)とした場所だとは思いますが、そういう見方もできるんですね。

コムアイ 直接会っても言ってくれないであろうぼやきに触れられる場って貴重だなと。まあ、もちろんそれは私に限った特殊な例かもしれませんが(笑)。話を戻して、主張が対立する人々同士が対話をしていくためには、どうしたらいいと思いますか?
荻上 議論の方法を持つという意味では、月並みですが、シンプルに議会制民主主義を手放さないことが大事だなと思います。いまは分断の時代だといわれますが、もともと社会には分断があるからこそ、われわれは議会制民主主義をつくり、それぞれの意見の代表者を国会に送るということを続けてきたわけです。なので、議会という対話の実践の場をこれからも尊重し続けることが欠かせないんじゃないですかね。
コムアイ なるほど。具体的には私たちはどう行動すればいいんでしょうか。
荻上 議会で決まったことには、いったん従うということです。もちろん、反対してもいい。でもシステムを信頼して、適切な手続きを経て決まったことに対しては暴力などで覆(くつがえ)そうとしない。ただ正しいと思うオピニオンを繰り返すことで、次の選挙で物理的に塗り替えてみせる。その繰り返しの先に、本質的な対話があるのかなと思います。
PROFILE
コムアイ■1992年神奈川県生まれ。「水曜日のカンパネラ」のボーカルとして2012年にデビュー。21年9月からはソロでの活動をスタートし、北インドの古典音楽や能楽、アイヌの音楽にインスピレーションを受けながら表現活動を続けている。また社会問題や環境問題、政治に対する発信も積極的におこなっている。
荻上チキ Chiki Ogiue■1981年兵庫県生まれ。メディア論を中心に、政治経済や社会問題、文化現象まで幅広く論じ、TBSラジオ『荻上チキ・Session』ではパーソナリティを務める。この番組での特集企画に大幅な増補を加え、1131人の宗教2世の生の声を集めた近著『宗教2世』(太田出版)など著書多数。
●情報は、FRaU2023年8月号発売時点のものです。
Photo:Masanori Kaneshita Text & Edit:Emi Fukushima Composition:林愛子
【こんな記事も読まれています】
「祈るだけでは維持できない」紛争予防の専門家・瀬谷ルミ子が語る、平和をつくる第一歩【後編】