「祈るだけでは維持できない」紛争予防の専門家・瀬谷ルミ子が語る、平和をつくる第一歩【後編】
紛争地に平和を取り戻す武装解除、紛争予防の専門家として世界各地で活動する瀬谷ルミ子さん。失われてしまった、あるいは失われようとする平和を、現地の人たちと“築く”活動を続けています。祈るだけではない、自らの手で平和をつくるとはどういうことなのかを伺いました。
自分たちにとっての平和とは何か?
瀬谷 日本では戦争の記憶が語り継がれてきて、「平和の精神」みたいなものは定着しています。では自分たちでそれをどう維持していくのか。そこが抜け落ちたまま戦後80年近くが過ぎてしまった。今、世界にある危機や、日本を取り巻く状況がどう変化してきたか、そういうことが精神論で包み込まれてしまっているような気がします。世界の国々でなぜ紛争が起きているのか、どうやって平和を実現したのか、そういう生きたノウハウを知る機会がないですし、平和をつくるためにどんなスキルや人材が必要で、どんな機能が政府や社会、そして市民に必要なのか、そうした具体的な議論とアクションが行われないままきてしまったのは大きな問題だと感じます。
FRaU 私を含めて、日本人はずっと平和を願い、祈り続けてきたはずです。にもかかわらず、国であれ個人レベルであれ、何かアクションを起こすというイメージは薄いです。
瀬谷 特に日本では戦争に比べて平和はニュースになりづらい気がします。戦争が起きるとすごく報道されますが、ある国が平和になりましたみたいなことはほとんど報じられません。
FRaU 確かに。だから平和が誰かの手によって“つくられる”ということが想像しづらいのかもしれません。平和は気づいたらそこにある……みたいな感じで。でも実際、平和をつくるプロセスとはどういうものなのでしょう。瀬谷さんの活動を例に教えていただけますか?
瀬谷 例えば南スーダンのある地域では避難民キャンプの中でも支援物資の奪い合いが起こるなど、異なる民族同士の争いが絶えませんでした。そうした状況で民族共存の取り組みをする場合、民族や集団にかかわらず、まずそこにいる人たちの共通のニーズを見つけるようにしています。南スーダンの場合は食料で、野菜が取れない雨季や乾季には栄養不足に陥る人が多く、みんなが困っていました。そこで効果的な野菜の育て方や野菜の加工品のつくり方を教えるプロジェクトを立ち上げますよと宣言するんです。みんな生き延びるために必死ですから、民族にかかわらず参加してくれるんですね。
FRaU 背に腹は代えられないですもの。
瀬谷 次に、複数の民族が交ざったグループをつくって、協力し合わないと作物や加工品ができないしくみをつくります。農作業用の道具や野菜の種は1グループに1種類しか配布しませんので、次第に自発的に道具の貸し借りをしたり、種の交換をしたり、いがみあっていた民族同士に交流が生まれます。「あの民族は嘘つきだ、裏切り者だ」と親から聞かされてきた若い世代も多いのですが、実際に一緒に野菜づくりをすると、「あいつは期限通りに道具を返してくれた」とか、「あのグループはたくさん収穫したから見に行ってみよう」とか、だんだん友人関係が築かれて、民族を超えて結婚するカップルが現れたりもしました。そうして3年くらい経つと、対立していた3つの民族が、「もう○○族というのはやめて、みんなでひとつの村をつくろう」ということになったんです。
FRaU たった3年で!? すごいです。
瀬谷 私たちは最初の仕組みづくりをして、何か対立や問題が起きた時に解決できる人材として、現地の長老や女性、若者を育成しました。すると食料不足の解決という共通のニーズを起点に、争うより協力関係を築いたほうが自分たちにとっていい結果になるということをコミュニティ全体が学んだのです。今、地域のリーダーになっている若者たちの中には、貧しい家に生まれ、武装勢力に参加しそうになっていた人もいます。そんな彼らは今、子どもたちの憧れの的です。そうやって若い世代が地域で活躍することは、次世代の子どもたちが犯罪組織へ流されていくことも防いでくれています。
FRaU 負のループをプラスに変えていく。小さなことが地域や社会を変えるんですね。
瀬谷 平和をつくるプロセスでは「自分たちの平和」であることが重要なので、最初から高いクオリティを目指しすぎても長続きしません。女性や子どもなど弱い立場の人たちが排除されても、それは限られた人たちだけの平和になってしまいます。最初は不安定でも徐々にブラッシュアップしていく姿勢を大切にしています。
あらゆる人が参加し、自分にできることをやる
FRaU 日本も同じで、政治家や声の大きい人たちの意見だけで社会が形作られていくのは、本当の意味での平和とは言えないですね。
瀬谷 最近の研究では、女性が参加した和平合意は15年以上持続する割合が35%上がるということがわかっています。もともと弱い立場に置かれていることの多い女性は社会が不安定になった時に一番にシワ寄せを受けやすい。でもだからこそ和平プロセスに本当に弱者を守る内容が盛り込まれているのかどうか、被害者の視点で考えることができるんです。そもそもそうした場に女性を受け入れる和平プロセスは男性だけで意思決定するものよりずっとオープンですから、持続可能性が高まるのは当然かもしれません。また市民社会の代表が参加した和平合意も、そうでないものより63%成功率が高まるというデータもあります。
FRaU 民族間の紛争など大きな問題も、ささやかな協力関係から解決の糸口を探ることができるし、逆に身近にある差別や分断が取り返しのつかない争いに発展することもある。どんな場合も大切なのは、そこに自分がどう関われるか、主体的に考えることなのだなと思いました。それが平和をつくる第一歩かもしれない。
瀬谷 私が活動している紛争地でも、地域の若者たちは自分に社会を変えられるわけがないと絶望していることが多いです。でも身の回りにある小さな争いを防いだり、自分ができる範囲のことで成功体験を得ると、それまでとは違った視点を持つことができます。それは日本にいても同じことで、自分が持っているスキルを活かしてボランティア活動をする、少額の寄付をするのでもいい。それが誰かの人生を変えるインパクトに必ずなります。そしてそれに関わった自分を誇りに思ってほしいのです。それだけで、見える世界は変わってくるはずです。
FRaU 自分たちにとっての平和な国、社会ってなんだろう。まずはそれを考え、話すことから始めたいです。同時に、その他の国の平和を築くための応援もできたらいいなと思いますし、そこから学ぶこともありそうです。
瀬谷 できることから少しずつです。どんな平和もコツコツ築くことから始まりますから。
PROFILE
瀬谷ルミ子 せや・るみこ
1977年群馬県生まれ。認定NPO法人REALs(Reach Alternatives)理事長。中央大学総合政策学部卒業後、イギリス・ブラッドフォード大学紛争解決学修士号修了。紛争地の争いやテロの予防、復興、武装解除、問題解決の担い手として女性を育成する活動などを行う。著書に『職業は武装解除』(朝日新聞出版)。https://reals.org/
●情報は、FRaU2023年8月号発売時点のものです。
Text & Edit:Yuriko Kobayashi Composition:林愛子
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