いとうせいこうが福島で始めた「アーティスト電力」って?
気候危機という大きな困難を前にしても、一人ひとりが小さなアクションを積み重ねることで道は拓けるはずです。自ら積極的に学びながら、自然の最前線に身を置きながら、地球環境に目を向け、未来に向かって動き始める、いとうせいこうさんに話を聞きました。
かわいい植物が教えてくれた
地球環境のすさまじい変化
いとうせいこうさんは、80年代から音楽、文学、演劇など日本のカルチャーシーンを牽引してきた多彩なクリエイター。現在も幅広いフィールドで活躍している。2007年から放送されていたラジオ「いとうせいこう GREEN FESTA」(文化放送)で環境問題に取り組む人や企業を紹介するなど、地球環境に対して問題提起をしていた。環境問題について考えるようになったきっかけは、長年の趣味である園芸だったという。
「ベランダで園芸をはじめて約30年。いまではベランダに留まらず、部屋のなかにビニールハウスを設置しました。小さい植物の世話をしていると気候が変化してきたことがよくわかるんです。何かよい鉢はないかと花屋をのぞくと、店先のラインナップが明らかに変わってきている。昔の東京では育つはずのなかった熱帯の植物が売り出されています。夏場の水やりも、これまでどおりにやっていたら根腐れしてしまう。鉢をひとつ見るだけで、われわれが大変な世界に生きていることがわかります」
いとうさんは、以前から気候変動のことを「気候危機」と呼んでいる。あまりに急速に変化する状況を冷静に見つめているからこその言葉だ。
「経済思想家の斎藤幸平くんが『この環境の変化は気候危機と呼ぶべきだ』と言っていました。今年の夏も猛暑で、大雨が各地で降るなど異常気象や災害の恐怖にさらされました。このまま環境破壊が進めば、自分の子どもたちの世代はさらに大規模な天変地異に襲われる可能性が高い。これは命の問題ですし、人間にとって危機的状況です。いまはかろうじて生きているけれども、10年後はもうわからないというレベルまで到達してしまっていると感じています」
電力供給の新しい形
「アーティスト電力」への参加
いとうさんは、電力会社の「みんな電力」が始めた再生可能エネルギーの新しい形「アーティスト電力」に「押しかけ課長」という肩書で参加している。アーティスト電力は、アーティストが太陽光発電に参加し、その電気をファンが購入できるというもの。ブロックチェーンを使用したみんな電力独自のシステムをつかうことで実現できた。いとうさんは福島県二本松市に「いとうせいこう発電所」を持ち、そこでつくられた電気を供給している。加入した消費者は、音楽ライブやトークショーを視聴できる特典を得られる。
「アーティストが太陽光パネルを所有して電気を売るという構想を、みんな電力が持っていると知りました。しかしもっといいアイデアがあるはずだと、本社に押しかけたんです。太陽光パネルをバーチャルで分割すれば、一枚を100人で分けることも可能。アーティストの負担も少なくなります。電気代の一部がアーティストへの支援にもなる、アーティストとファンを電力でつなぐ画期的なプロジェクトです」
課題はあるけれど、今後はより多くの参加者を集め、再生可能エネルギーを広く周知していきたいと、いとうさんは話す。消費者自らがアーティスト電力の電気の買い方を選ぶように、社会を、個人が自律性を持って活動する「自律分散型」に変えていく必要があると考えている。
「何かを解決しようとするとき、すべてに共通する万能の正解があるわけではない。いまや国が、日本全体の問題をひとつの政策でな何とかしようというのは難しいと思います」
個人が小さな成功を積み重ねる大切さを実感したのは、国境なき医師団を取材し世界各地のキャンプを見てきたからだ。
「僕の著書『国境なき医師団』シリーズの読者の方が、僕に『少額しか寄付ができない』と謝ってくるんです。そんなとき必ず言うのが、たった100円と思うかもしれないけれど、そのお金が中東で足を撃たれた少年の包帯になっている。アフリカの子どもたちがポリオにかからないためのワクチンになっている。それを僕はこの目で見ていると伝えます。小さな行動でも、確実に効果があるということをわかってほしい。気候の問題も同様です。自分ができる小さなことを、プライドを持ってやり続けること。たとえば自分が住んでいるこの地域だけは、ごみ問題を何とかするとか。小さいことをみんなでやりましょう」
これからの時代を生きていくのに下を向いて暗い気持ちになるか、何かを変えようと希望を見出すか。「気の持ちようで生き方が変わってくる」と、いとうさん。一人ひとりが自分の力を信じて行動する大切さを教えてくれた。
PROFILE
いとうせいこう
作家、クリエイター。1961年東京都生まれ。大学卒業後、講談社に入社し『ホットドッグ・プレス』などの編集部を経て、退社後はヒップホップMCや執筆、舞台の演出など多岐にわたり活動。99年に刊行された『ボタニカル・ライフ―植物生活―』(新潮社)では趣味のベランダ園芸について、その楽しみを綴り第15回講談社エッセイ賞を受賞。2006年には園芸雑誌『PLANTED』(毎日新聞社)を創刊。21年にはダブポエトリーユニット「いとうせいこう is the poet」の1stアルバム『ITP 1』をリリースし、ツアーを開催。近年では国境なき医師団の現場を取材し、著書『「国境なき医師団」を見に行く』シリーズ(講談社)を上梓するなど社会活動にも積極的に参加。
●情報は、『FRaU SDGs MOOK 話そう、気候危機のこと。』発売時点のものです(2022年10月)。
Photo:Aiko Shibata Text & Edit:Saki Miyahara
Composition:林愛子