小林武史は、なぜ「命の循環を感じられるファーム&パーク」をつくったのか?【前編】
人の数だけ価値観があるように、社会課題における着眼点やできることも人それぞれ。多方面に点在する無数の課題を解決するには、多様なアプローチが欠かせません。ひとつのゴールを目指し、自分ならではの視点でアクションを起こす──。その内側に込められた、音楽家・小林武史さんの思いを伝えます。
同時多発テロをきっかけに生まれた
「社会に還元したい」の想い
音楽家・小林武史さんは、サザンオールスターズやMr.Childrenをはじめ、名だたるアーティストのプロデューサーを務め、長きにわたり日本の音楽シーンを支えてきた。と同時に、20年ほど前から音楽の力とともに、社会のあり方について訴え、行動し続けてきた人でもある。その始まりは2003年、坂本龍一さん、桜井和寿さんらとともに立ち上げた一般社団法人「ap bank」。きっかけは、2001年に起きたアメリカ同時多発テロだった。
「当時ニューヨークにスタジオを構えていたこともあり、衝撃は大きかった。そこで見えてきたのが、戦争、エネルギー、経済、環境破壊など、世界中で起こるあらゆる問題はすべてつながっているということ。とくに人間の経済活動にまつわるすべてが社会にダメージを与えている。そして当然ながら、僕らにも責任があると。これまで音楽を通じて受けてきた恩恵を社会に還元する、まさにそのタイミングだったと思います」
ap bankの主な活動は、自然エネルギーや環境保全活動をする人たちへの融資だ。その活動資金を得る仕組み、環境問題を考えるきっかけづくりの場として、野外音楽イベント「ap bank fes」を開催し、大きな反響を呼んだ。
「消費のあり方で未来をシフトさせていく、というのはひとつの着眼点でした。お金はうまくつかえばいい道具になる。けれど世間が求めるお金の価値はそうじゃない。あまりにも大切なことを置き忘れて、お金だけが一人歩きしているような、何か間違った方向へと進んでしまっている。だから僕たちは、アンディ・ウォーホルが広告もアートの一環であるという新しい価値観を根づかせたように、CDをつくって売るという行為も、ビジネスだけでなく、公的なお金を循環させられるということを伝えたかった」
その後も飲食店や循環型農業の展開、災害復興支援活動などと事業を発展させ、2019年、さらなる挑戦として、千葉県木更津市に「クルックフィールズ」を完成させた。植物や生き物とのかかわり合いから、本質的な生きる心地よさや喜びを体験できる巨大なファーム&パークだ。小林さんは消費におけるお金の循環だけでなく、人間はもっと命の循環について知る必要があると感じていた。
「リーマンショック後の日本は、とりあえず安けりゃいいという時代。そんななかで、安価ではない、環境にいいものをただ提案するだけの、いいとこ取りセレクトショップのようなスタンスだと、誰にも響かない。模索の末にたどり着いたのが、死生観というのかな、命の循環を身近に感じられる場をつくることだった」
▼後編につづく
PROFILE
小林武史 こばやし・たけし
音楽家、クルックフィールズ総合プロデューサー。2003年に設立した、環境保全活動を行う個人・団体への融資を目的とする非営利団体ap bankを核に、サステナブルな社会への実践の場としたプロジェクト「kurkku」をはじめ、社会課題と向き合うさまざまな事業を展開。最近ハマっているのはウォーキング。自宅からスタジオまで1時間かけて歩くことで、等身大の感覚を磨く。
KURKKU FIELDS
千葉県木更津市矢那2503 kurkkufields.jp
●情報は、FRaU2023年1月号発売時点のものです。
Photo:Masanori Kaneshita Text & Edit:Nana Omori
Composition:林愛子