市川染五郎「日常が一変したいまこそ、エンターテインメントの力が必要です」
働き方は、生き方です。人それぞれ人生が違うように、働くスタイルも多種多様、正解はありません。会社やまわりの力を借りながらも、どのように働くかは自分の意思で改革していくしかありません。今回は、歌舞伎役者の市川染五郎さんにお話を伺いました。「私の」「私のための」働き方を改革するためのヒントが、そこにありました。
襲名をきっかけに芽生えた
歌舞伎役者としての意識
16歳にして、すでに10年以上のキャリアをもつ歌舞伎役者の市川染五郎さん。祖父は松本白鸚、父は松本幸四郎という代々続く歌舞伎役者の家に生まれ、自身も4歳のときからこの世界に入った。染五郎さんにとって伝統を継ぐことは自然なことであり、仕事という感覚もほとんどないという。
「はじめて舞台に立ったのは2歳のとき。初お目見得といって、本名で舞台に上がりお客様にご挨拶をしました。4歳で松本金太郎を襲名し、それ以降、本格的にお芝居をはじめました。生まれたときから家族が歌舞伎に携わっているという環境だったので、舞台に立つことは日常の一部。幼いときは仕事というより、遊びの延長のような感覚を持っていたと思います」
しかし、プロとしての自覚が芽生えた瞬間があった。2018年に八代目市川染五郎を襲名、当時12歳の彼は、あらためて芝居に向き合おうと覚悟した。
「それまでは子どもの役ばかり演じていましたが、襲名すると大人の役をいただくことも増えていきました。実際の年齢よりも年上の人物を演じることは難しいこともたくさんありますし、演じる人物像も幅広くなります。襲名は、役者としての自分を見つめ直すタイミングでした」
襲名披露の演目は『勧進帳』。歌舞伎十八番のひとつで、染五郎さんは源義経を演じた。
「実在した人物の役なので、源義経のことをいろんな文献で調べました。歌舞伎の演目のなかでの彼は2枚目の貴公子。しかし彼の容貌については諸説あり、異なるイメージで描かれている文献もあります。物語を深く理解するためにも、演じる人物についてよく知っておくことが大切だと思ったんです」
その習慣はいまでも続いていて、歴史上の人物を演じる際は、自分なりにそのキャラクターを理解するために下調べをしている。そんな染五郎さんは、「いまでも舞台に上がるときは緊張と不安があり、楽しんでいる余裕がない」と語る。落ちついた佇まいからは意外な発言に聞こえたが、真摯に歌舞伎と向き合うプロフェッショナルの姿がそこにはあった。
高校生の現在は学業を最優先にしているが、本当はもっと舞台に立ちたい。しかしここ数年、世界の情勢は一変し、思うように芝居ができない。そんななか気づいたのは、エンターテインメントの大切さだ。
「世界中の人が制限のあるなかで生活をしていて、気持ちが沈んでしまうこともあると思います。エンターテインメントは観たから病気が治るとか、生活に直結するものではありません。しかし人の心を動かせるもの。人々が前向きな気持ちになれるように手助けをできるものだと気づきました」
役者として何ができるのかを考え、出演したのが図夢歌舞伎。「弥次喜多」の舞台をオンライン配信するという新しい試みで市川猿之助が監督、脚本、演出、出演、父である松本幸四郎も出演している。
「歌舞伎は新しい技術や演出を取り入れながら、時代に合わせて進化してきました。僕はそれが魅力のひとつだと思っています。長い歴史のなかで時代に適応しながら、人々に向けてメッセージを送ってきました。今回も配信という新しい試みに挑戦し、僕も参加することができてうれしかったです」
伝統とは常に刷新し続けるからこそ、長い時間を経ても残っていくものなのかもしれない。世界の変化を経験したいま、歌舞伎の重要な役割を染五郎さんは実感している。
すべては最高の舞台のため。
他ジャンルの仕事にも挑戦
染五郎さんといえば、ファッション雑誌に出演したり、アニメ映画の声優を担当したりと幅広い活躍でも知られている。
「歌舞伎以外でも、いろんなことに挑戦したいと思っています。しかし僕の本業は歌舞伎役者だということは絶対に忘れないと決めています。自分自身を知ってほしいというわけではなく、僕を通して歌舞伎の世界に触れてくれる人がひとりでもいてくれたらうれしい。そして歌舞伎以外の仕事も、きっと歌舞伎につながってくるんだと思います」
映画を観ていても、音楽を聴いていても、そのすべてが舞台の表現につながると染五郎さんは考えている。歌舞伎という軸があるからこそ、さまざまなことに果敢に挑戦できる。その経験が歌舞伎にプラスになっていく。若き才能は、相乗効果を生み出す働き方を体現していた。
PROFILE
市川染五郎 いちかわ・そめごろう
歌舞伎役者。2005年、東京都生まれ。09年松本金太郎を襲名。18年に八代目市川染五郎を襲名。祖父、父とともに高麗屋三代同時襲名を果たし、数々の歌舞伎の舞台に出演している。アニメ映画『サイダーのように言葉が湧き上がる』では、声優にも挑戦。
●情報は、FRaU SDGsMOOK WORK発売時点のものです(2021年4月)。
Photo:Ayumi Yamamoto Styling:Nao Nakanishi Hair & Make-Up:AKANE Edit & Text:Saki Miyahara
Composition:林愛子
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