万博プロデューサー就任!福岡伸一が考える「いのち」のあり方 vol.2【後編】
持続可能な未来を目指す、2025年の大阪・関西万博。シグニチャーパビリオンのひとつを担当する生物学者の福岡伸一ハカセは、生命系のなかにある、私たちの「いのち」のあり方について考えています。万博を軸にその生命哲学を知る、ハカセ自身による万博ドキュメントです。
「いのちを知る」パビリオンで
ハカセが伝えたいこと
来場者は歩みをすすめながら壮大な二本だての生命ドラマを体験しつつ、進化の大きなジャンプがどこでどのように起きたのかを垣間(かいま)見ることになる。意外なことに進化の重要な跳躍は、生命が利己的ではなく、利他的に振る舞ったときに起きている。最初、細胞は一枚の薄い膜に覆われた脆弱な存在だった。大きな細胞は、小さな細胞を丸呑みして、栄養にしていた。ところがあるとき、大きな細胞は、飲み込んだ小さな細胞を消化して壊してしまうのではなく、細胞の内部で保護することを選んだ。小さな細胞は、その庇護(ひご)のお礼に、大きな細胞に有機物やエネルギーを供給することにした。このような相互補完的な共生関係は、細胞を複雑化することになった。細胞内に専門の区画が生まれたのだ。現在、私たち高等生物の細胞内にある細胞内小器官、たとえばミトコンドリアや植物細胞の葉緑体などは、このような利他的な共生から生まれた。
単細胞が多細胞化したのも、進化上大きなジャンプだった。ここにも共生がある。ひとつの細胞が全部のことを行うのではなく、それぞれ得意分野を持ち寄って、相互補完的な専門化・分業化を選んだ。これも進化のジャンプである。多細胞化によって、生命は大型化、多様化を遂げ、ニッチを陸海空に広げられた。
メスとオスができたのも、利他的な分業といえる。それまでは自分のコピーを再生産するクローン生殖(無性生殖)が主流だった。そこに、オスとメスという不完全な存在をつくり、互いに他を支える利他的な関係を生み出した。あえて手間ヒマがかかるこの方法(有性生殖)を生命が創案したのは、遺伝子を積極的に交換・混合することによって新しい変化を生み出すためだった。この変化が、環境変化の荒波をくぐり抜けて生命を存続させた。
生命のもっとも本質的な利他性は、自らを積極的に破壊して、絶えず物質とエネルギーを他者に手渡しているということだ。植物が葉を茂らせ、それを惜しげもなく昆虫や草食生物に手渡すのも利他性だし、たくさんの卵や幼生が他の生物のエサとなるのも利他性である。もうひとつの側面は、自らを積極的に破壊しながら、常に自らを再構築していること。このことで宇宙の大原則である「エントロピー(乱雑さ)増大の法則」にあらがい、生命を前進させる。これが生きていることの本体である。私はこれを生命の動的平衡と呼ぶ。パビリオンの名称をこうしたのも、これが生命の根幹的な営みだからだ。すべての生命は動的平衡を繰り返し、他の生物に利他的なパスを繰り出している。このネットワークが生態系である。これが「いのちを知る」ことだと確信している。これを提示したい。
細胞内共生説を唱えたのはリン・マーギュリス、有性生殖のメカニズム(Y染色体)の発見をしたのは、ネッティ・マリア・スティーブンス。生命の重要な鍵を解いたのはともに女性生物学者だったというのは興味深い事実である。
この地球に最後に現れた、ある意味で最凶最悪の外来種がホモ・サピエンスたるわれわれ人間である。すべての地球資源をわが者顔に占有し、他の生物を搾取(さくしゅ)し、もっとも利己的に振る舞っている。教条的にならずして、いかに私たち自身に自制と自省を促すか。これは私のパビリオンに課せられた最大の課題である。いばるな人間、といいたい。
PROFILE
福岡伸一 ふくおか・しんいち
生物学者。1959年東京生まれ。京都大学卒業。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。87万部のロングセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』シリーズなど、著書多数。最新刊は『ドリトル先生ガラパゴスを救う』(朝日新聞出版)。2025年の大阪・関西万博で「いのちを知る」テーマ事業を担当。www.fukuokashinichi.com
Text:Shin-Ichi Fukuoka Edit:Asuka Ochi
Composition:林愛子