万博プロデューサー就任!福岡伸一が考える「いのち」のあり方 vol.2【前編】
持続可能な未来を目指す、2025年大阪・関西万博。シグニチャーパビリオンのひとつを担当する生物学者の福岡伸一ハカセは、生命系のなかにある、私たちの「いのち」のあり方について考えています。万博を軸にその生命哲学を知る、ハカセ自身による万博ドキュメントです。
生命とは粒子の流れ
人間の生命もそのなかにある
私は、2025年に大阪・夢洲(ゆめしま)で開催される、大阪・関西万博のプロデューサーのひとりに任命され、テーマ事業(シグニチャーパビリオン)の企画・立案を行うこととなった。万博のテーマである「いのち輝く未来社会のデザイン」に向けて、「いのち」のあり方についていま一度問い直し、「いのちを知る」展示を行うことが私に課せられた使命である。大役であり、期待に沿えるものをつくれるかどうか、身の引き締まる思いだ。
私は生物学者になるずっと前、自然が大好きな昆虫少年だった。アゲハチョウの卵を採集してきて、それが芋虫、蛹(サナギ)、蝶と、劇的な変化をするようすを記録するのが、毎年の夏休みの自由研究の課題となった。小学校の学年が進むにつれ、研究は少しずつレベルアップ。最初は単なる観察日記だったものが、写真を撮り、幼虫が食べた葉っぱの量を測定し、残酷ながら蛹を解剖して中身がどうなっているか調べた。幼虫の身体はドロドロに溶け、黒い液体が詰まっていた。ここから一体、どうしてあの華麗な蝶が生まれてくるのか。少年の素朴な疑問だった。が、現代の最先端科学も、蛹から蝶が形成される謎を完全には解明できていない。なぜこんなに劇的な変身が必要なのか、その理由もわからない。
わかっていることはこうだ。植物が光合成でつくり出した有機化合物が葉っぱに蓄積される。そのもとは空気中の二酸化炭素である。アゲハチョウの幼虫は、ミカンや山椒(さんしょう)など柑橘系の葉っぱを食べてまるまる太る。つまり二酸化炭素は植物に移り、ついで幼虫の細胞となる。それは蛹のなかでいったん溶けて栄養液になる。蛹のなかにある「成虫原基」という細胞群がその栄養をつかって、羽や翅脈(しみゃく)などを形成する。蛹から出て羽を伸ばして大空に飛翔する。パートナーを見つけて、ミカンの葉っぱに卵を産める幸運な個体がいる一方、カマキリや鳥の餌食になってしまう不運な個体もいる。でもこれを幸運、不運と思うのは人間の勝手な感傷であって、多くの生物は食う、食われるの関係のなかで生を全(まっと)うする。食う、食われるは、優劣ではなく、相互補完的な、利他的な関係性だ。カマキリや鳥もまた他の生物の餌食になるか、あるいは土に戻って微生物や植物の栄養となる。有機物は二酸化炭素となる。つまり生命とは粒子の流れにほかならない。
私のパビリオンで、まず気づいてもらいたいことも、ここにある。人間の生命も、この相互補完的な環の流れのなかにあるという事実である。
いのちを知るためのパビリオンを、私は「いのち動的平衡館」と名づけた。こんな展示内容を考えている。
館に入ると、入場者は自分の姿が細かい粒子となって環境のなかに溶け出していくのを体感する。その粒子は、まるでヒヨドリの大群のように、大空を舞い、離合集散を繰り返しながら、まるで群れがひとつの意思を持つように自由自在に変化する。ある群れは再集合して小さな細胞を形づくる。これは原始の地球上に誕生した最初の単細胞生物だ。細胞は複雑化し、集合し、徐々に変容を遂げる。軟体生物になった細胞の塊は、やがて骨を持ち魚となる。魚の一部は手足を持ち、陸上に進出、両生類となる。その後、爬虫類、鳥類、哺乳類へと変化していく。38億年にわたる進化の歴史である。一方、このプロセスは、私たち人間の母胎内の発生過程でもある。精子と卵子が奇跡的に出合って成立した受精卵は、多細胞化し、最初は魚に似た形となる。それからカエル、トカゲ、鳥の赤ちゃんのような姿を取りながら、最後は尾が消えて、頭の大きい哺乳動物の形となる。つまり、個体の発生には、生命進化のプロセス全体が折りたたまれているのだ。
PROFILE
福岡伸一 ふくおか・しんいち
生物学者。1959年東京生まれ。京都大学卒業。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。87万部のロングセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』シリーズなど、著書多数。最新刊は『ドリトル先生ガラパゴスを救う』(朝日新聞出版)。2025年の大阪・関西万博で「いのちを知る」テーマ事業を担当。www.fukuokashinichi.com
Text:Shin-Ichi Fukuoka Edit:Asuka Ochi
Composition:林愛子