長田佳子「みつばちの力も借りて、無農薬ハーブを育てる」【中編】
野菜、ハーブ、魚、肉、卵……。「おいしい」をかたちにするのは、使い手の腕前と素材の力があってこそ。持続可能な方法で育てられ、大切に扱われている素材に未来を見出し料理で表現する、そんな食のプロを追いました。菓子研究家の長田佳子さんが東京から山梨に移住して4ヵ月。変化したのは素材との向き合い方でした。
季節の移ろいを感じ
土地や植物について学ぶ日々
昨年の冬から通いはじめ、正式に移住して4ヵ月。最初の2ヵ月くらいは山に囲まれて暮らすことに緊張感があったという。
「朝は太陽の光で早く目が覚めるし、夜は目をつむるより闇のほうがずっと濃かった。この土地に受け容れてもらえるにはどのくらいかかるだろう、と思いながら、見よう見まねで畑のあれこれをしていました。冬の間はどこも茶色いし、知り合いもいなかった。不安しかなくて、なかば強引に連れてきた夫は鬱々(うつうつ)としていましたね。畑の成長とともに、だんだん元気になっていき、いまは一緒に楽しんでくれていてホッとしています」
畑の近くで野生の鹿や猪を見て「動物の暮らしている場所にお邪魔しているんだ」と思うこともしばしば。近くの農家からは、野生動物との共存方法を教わった。これまでの都会暮らしではまったく経験のなかったことの連続に、感情が追いつかないほど。
「最初は、土を触っているだけなのに驚くほど疲れてしまって、夜は倒れるように眠っていました。近所の人たちは、みなさんよかれと思って『いまが農薬のタイミングだよ。除草剤を撒くといいよ』などと教えてくれる。それを『やりません』と断ることはしたくなかったし、上手にかわすことも難しかった。ハーブも雑草みたいなものだと思われていただろうし、理解してもらえるかわからなかったけれど、そのうちハーブが育ってきた畑を見て、『案外、うまくできてるね』って言ってもらえるようになりました」
考えていたよりも
季節は細かく分かれている
どこへ出かけても、顔を合わせるのはたいてい果物農家の人という土地。「収穫や箱詰めを手伝って」と声がかかることが多く、その手伝いを通じて生産者の知り合いが増えていった。
「この土地に住んで、これまで考えていたよりも、季節は細かく分かれているんだと知りました。その瞬間、瞬間の『旬』に、いつも急かされています。農家の方々は果物カレンダーで暮らしているから、東京とは別の忙しさがありますね」
同時に、規格外とされる果物に触れる機会も増えていく。市場に出回るのは、完熟手前で摘み取られた、形も大きさも揃ったキレイな果実だけ。でも、傷があっても、色や形が悪くても、同じように手間と愛情をかけられて育った果物だということをしみじみと感じた。
「熟した果実を木からもいで食べるおいしさを知ってしまったら、わざわざお菓子にする理由が見つからない。だから私がすべきことは、技術や意図を持ち込みすぎず、果物やハーブを活かすための土台づくり。素材のサポートをするような感覚で、お菓子をつくっていこうと考えるようになりました」
みつばちが好きなハーブを植えて、行き交うのを待つ。2~3日ぶりに畑に来ると、見違えるほど育っている。畑の野菜の結実を見て、みつばちが受粉してくれたことを知る。ベランダでは難しかった栽培が、どんどん勝手に進んでいくことに驚きと喜びを感じる。人が少し手を加えることで、小さな循環が起こることもあるのだと気づいた。
今後は自分が観察したい植物をムリのない規模で育て、加工していこうと考えている。タイミングよく近所のワイン倉庫だった物件を借りられたので、改装してラボにするという。無農薬で育てたハーブを乾燥させたり、近所の小規模農家の野菜や果物を販売したり、菓子の製造・販売もする予定だ。
▼後編につづく
PROFILE
長田佳子 おさだ・かこ
「foodremedies」の屋号で活動する菓子研究家。パティスリーやレストランで経験を積んだ後、YAECAのフード部門、PLAINBAKERYを経て独立。著書に『季節を味わう癒しのお菓子』(扶桑社)などがある。https://foodremedies.jp
●情報は、『FRaU SDGs MOOK FOOD』発売時点のものです(2021年10月)。
Photo:Tetsuya Ito Text & Edit:Shiori Fujii
Composition:林愛子