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安藤桃子「何もないようで、すべてがある高知に移住して」【前編】
安藤桃子「何もないようで、すべてがある高知に移住して」【前編】
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安藤桃子「何もないようで、すべてがある高知に移住して」【前編】

毎日の暮らしに欠かせない「食」と真摯に向き合う人が増えています。地域とつながり畑を耕したり、コロナ禍の飲食店を応援したり、食事から健康を考えたり。食に思いを巡らせ、未来を考える、映画監督の安藤桃子さんに話を聞きました。

「農薬を使わない」野菜づくりが
スタンダードという土地

2014年、映画『0.5ミリ』の撮影がきっかけで高知県と出合い、本能的に「ここだ!」と移住を決めた映画監督の安藤桃子さん。新しい地で、結婚、出産、離婚を経験し、シングルマザーとして子育てをしながら、これからの未来のために、食を軸として地域を巻き込んだパワフルな活動を繰り広げている。そもそも安藤さんが食について考えるようになったのには、母親の存在が大きかった。

「子どもの頃、私にはアレルギーがありました。母はそんな私のため、日本全国を回って有機野菜を手に入れ、食べさせてくれたんです。嚙むと弾き返すような生命力に、命そのものを食べているのだと、子どもながらに実感しました。食は命の根幹ですよね。いまのようにオーガニックや無添加という概念がなかった時代から自然食品で育ってきたので、食べるものによって体調を崩してしまうこともあって。一方で、有機かそうでないかだけで食べものの命を選ぶ行為は正しいのかと、葛藤がありました」

高知に移住してから、東京では常に頭の片隅にあった葛藤からも解放された。

「撮影で高知に来たとき、日曜市で販売されている野菜のパッケージに、無農薬などの表示が何もないことに驚いたんです。逆に、農薬を使った場合だけ『1回使用』などと回数が書いてある。高知の人たちは、農薬を使わないことがスタンダードという環境にいるんですよね。東京にいた頃と、世界も視点も逆転しました。高知の野菜には在来種も残っていて、それを当たり前に人々が食べている。だから、生きている土地も人もパワフルなんだなと」

子どもたちの未来と笑顔のために
多様な職業と年齢のチームを発足

子どもたちの未来のために「わっしょい!」というプロジェクトを立ち上げた。みんなで耕している畑にて

そしていま、安藤さんが最も愛を注ぐのが、子どもたちの未来のために立ち上げた異業種集団「わっしょい!」だ。この活動の発端には、2019年に安藤さんが企画し、96名のさまざまな業種の文化人を高知に招いた文化フェスティバル「カーニバル00 in 高知」がある。

「未来を生きる子どもたちのために、地球を本来の姿で継続させようという共通の気持ちをもった方々にクロストークをしてもらったんです。これをその場限りのお祭りで終わらせることなく、いかに地元の財産として先々に役立てられるか。そのためには、バトンをきちっと受け継いでいくチームが必要だと考えて、『わっしょい!』を発足しました」

「カーニバル00 in 高知」と同じように、対話をしながら未来に向けて歩んでいくチームとして「わっしょい!」は誕生した。メンバーには食の専門家や農業従事者、研究者、地元スーパー店員、主婦、学生と、職業も年齢も多様な50人ほどが属しているが、掲げるテーマはたったひとつ、「未来の子どもたちの笑顔」だ。

「命の根幹である食を軸足に置くことで、地球環境や持続可能性の問題を解決し、子どもたちの笑顔を叶えることができるのではと考えました。メンバーには、食育って何? 添加物って? という人もいた。でも、そこにこそ届けたいし、いろんな人がいるからこそ、私が気づかない感覚だって教えてもらえる」

今回の撮影では、血脈のようにつながっていく畑の優しさを伝えたいと、あえて作業着でなく、自然素材を使って草木染めした真っ赤なシルクワンピースで。畑作業でもかぶっているというストローハットは、母親の安藤和津さんからのプレゼント

食の観点から浮かび上がってきたのは、高知では各地に伝わる、地域一体となっての味噌づくり。昨年から、日本人にとって身近な発酵食品である味噌を「わっしょい!」の畑で完全自然農法の大豆を育てるところからはじめて、地域の人たちと一緒に仕込んでいる。

「子どもたちと味噌の大豆からつくろうというのは、生きものたちに触れ、自分の手で耕すことで、命のつながりを知ることができるから。触れて体験したことは、決して消えない。それが一番の栄養になるのだと思います。親子三代の手が入った味噌を土地の麹でつくり食せば、腸内の常在菌が同じ菌でつながり、人々も穏やかに調和していく。地元の人には『何もないところなのになぜ移住してきたの?』と言われるんですが、日本人が特別なことでなくやってきた素晴らしい伝統と知恵が、ここにはたくさん残っているんです」

畑に来て最初はゲームをしていた子が、最後はリーダーシップを取っていたりする。畑の音楽イベントをしたり、映画やドラマの世界を生きたような特別な一日をディレクションしたいという安藤さん。

「ひとつの作業を通して、それぞれの感性が花咲くのを垣間見たり、みんなが共鳴する瞬間が大好き。そういう空間をつくることが、映画監督としての自分の役割なんです」

次にやりたいのは、移動式子ども食堂。ここでも、困っているところに楽しく届ける、独創的な仕掛けを考えている。食と暮らしがつながり、幸せに循環する未来を目指して、安藤さんの活動ははじまったばかりだ。

▼後編につづく

PROFILE

安藤桃子 あんどう・ももこ
映画監督。1982年東京都生まれ。高校時代にイギリス留学、その後、ニューヨークで映画づくりを学び、2010年『カケラ』で脚本・監督デビュー。11年に初の長編小説『0.5ミリ』を出版、14年に高知を舞台に映画化。同作で多数の賞を受賞し、国内外で高い評価を得る。高知移住後、ミニシアター「キネマM」、自己表現のための学びの場「桃子塾」、異業種チーム「わっしょい!」を立ち上げる。毎週月曜21時~FM高知「ひらけチャクラ!」パーソナリティ。2021年11月には、家族、映画、高知のことなど、その出合いや愛について語る初のエッセイ集『ぜんぶ愛。』(集英社インターナショナル)を刊行。

●情報は、『FRaU SDGs MOOK FOOD』発売時点のものです(2021年10月)。
Photo:Tetsuo Kashiwada Text:Asuka Ochi Edit:Chizuru Atsuta

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