大田ステファニー歓人「世界で起きていることは、まったく他人ごとじゃない!」
2024年2月に刊行された大田ステファニー歓人さんの小説『みどりいせき』は、文学界に鮮烈な衝撃を与えました。この作品は、集英社が主催する純文学の公募新人文学賞である「すばる文学賞」を受賞。その授賞式で読まれた詩も話題になりました。ラップのように韻を踏み、なめらかなフロウで受賞の喜びを綴っています。詩のなかでは、イスラエル・パレスチナ情勢についても触れられていて、同じ地球上で起こっている悲劇を止められない自分の無力さも嘆いていました。
世界中の悲劇に「NO」の意思表示を続ける
「『みどりいせき』が掲載された文芸誌『すばる』が発売されてすぐに、イスラム組織ハマスの大規模攻撃が起こりました。その後イスラエル軍は報復と称して虐殺を繰り返している。ちょうどその頃、ウチは宣伝も兼ねてSNSをつかい始めたタイミングで、タイムラインで無差別攻撃による傷ついた人たちの映像を目にするようになりました。
それまではしゃいで投稿をしていたんですが、SNSにはガザの子どもが傷だらけになっている姿や遺体が映像として流れてくる。実生活では妻が妊娠して日々お腹が大きくなっていました。体の負担も大きいなか、毎日へとへとになっている姿を隣で見ていて、産む前からこんなに大変な思いをして命は育まれるんだと初めて知ったんです。そんな命がいとも簡単に奪われている。この現実に、いてもたってもいられなくなりました」

大田さんのXのアカウントでは、これらの非道な行為に対する批判がポストされている。そして意見を表明するだけではなく、デモやBDS運動にも参加。BDSとは「ボイコット、投資撤退、制裁」の頭文字を取った言葉で、軍に投資していたり、関連があったりする企業の製品を買わないというアクション。戦争反対を表明するためのひとつの方法だ。
『みどりいせき』の執筆中はごみ収集の仕事にも従事していた大田さん。その仕事を通して感じていたことも、世界情勢に対して声を上げることにつながっている。
「ウチは都内の所得高めな区のごみを集めていて、ごみの山を見るたび人がどれだけ消費しているかを見せつけられていました。毎日こんなにごみが出るのは、必要以上に消費することが幸せだと思っている人がたくさんいるから。CMを見て『それを買って、これを持って、あの生活をする』って幸せにモデルがあるように思い込まされちゃってる。高度消費社会に寄らず、自分にとって何が幸せで豊かなのかを、考える力が奪われ続けているって思います」
ムダな消費は、私たちの暮らす環境にも影響を及ぼしている。
「工業社会になったことや、先進国の消費行動が地球の環境を壊している。水害などはインフラの整っていない箇所で起きやすくなっているから、そのツケを貧しい国や地域が払っているということでしょう。虐殺や気候変動などの問題が起こってしまうのは、西洋中心の価値観で設計された社会に限界が来ているからだと思います」

いま世界で起きている問題は、決して他人ごとではないと大田さんは訴える。
「自国だけの発展とか、自分さえよければいいという精神を見直すべき。その考え方は、必ずどこかにしわ寄せが生じます。発展の仕方を見つめるときが来たという意味では、世界で起きていることは、まったく他人ごとじゃない。それぞれが自分にとっての豊かさを見つけたり、守ったりする余裕がないまま社会に出されるから、自分に合っているかもわからない既存の価値基準を内面化するしかない。だからおかしくなる。でもそれは個人の問題ではなくて、学校などで、主体的な考え方より従い方を叩き込まれ、企業は利益を最優先するから。社会の教育の問題という気がします」
このインタビュー時は、大田さんにもうすぐ第一子が誕生するというタイミングだった。自身の子どもにどんなふうに育ってほしいかを聞いた。
「生活のなかで、権力を意識しない環境のほうがいいと思っています。家族のなかで父親は絶対だとか、そういう力関係を植えつけず同じ人間として接したい。親や先生に言われたから無条件に守らなきゃいけないって意味がぜんぜんわかんない。わが子には、言われたことをそのまま受け止めず、自分の頭で考えられるように。ウチのことすらも疑えと伝えていきます」
真摯な目で世の中を見つめ、それをリアルに描写する大田さん。彼の言葉は、私たちに「このままでいいのか」と疑問を投げかけ続けている。
PROFILE■大田ステファニー歓人(おおた・ステファニー・かんと)/1995年東京都生まれ。日本映画大学で映画制作を学び、6年前からは小説の執筆を開始。ごみ収集の作業員をしながら創作をする。2023年、不登校になりかけている主人公の高校生が、小学生の頃の友人に再会したことで違法なバイトに巻き込まれていく物語『みどりいせき』で第47回すばる文学賞を受賞しデビュー。作品の独特の文体や、授賞式のスピーチが話題になる。同作で第37回三島由紀夫賞も授賞した。
●情報は、FRaU2024年8月号発売時点のものです。
Photo:Masanori Kaneshita Text & Edit:Saki Miyahara Composition:林愛子
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