目だけでなく耳でも楽しめる!「奥能登国際芸術祭2023」のサステナブルな現代アート
能登半島の先端にある石川県珠洲(すず)市で、9月23日に「奥能登国際芸術祭2023」が開幕します。この芸術祭のキーワードのひとつが「大蔵ざらえ」プロジェクト。つかわれなくなって、古い家々の蔵などに眠っていた生活道具を地域の宝ととらえ、アーティストたちが自分なりの視点で手を加え、作品として生まれ変わらせるユニークな試みのことだ。アーティストのひとり、鈴木泰人さんに話を伺いました。
『ドリフターズ』作:「OBI」、Photo:Keizo Kioku
市民総参加型プロジェクト「珠洲の大蔵ざらえ」
今年で3回目を迎える奥能登国際芸術祭は、9月23日〜11月12日の開催で、期間中は市全体が丸ごとアートに! 訪れた観客はアート作品を巡りながら、珠洲のまちの魅力も堪能できる。
「アートというフィルターを通して、特徴ある文化をもった珠洲というまちを知っていただきたいです。芸術祭の実行委員会は、それを活かした取り組みをしているんですね。いち作家として、価値ある活動だと受け止めています」(美術作家・鈴木泰人さん、以下同)
古の風情をいまに伝える、美しい町並みが残る珠洲。古い家の蔵には、代々つかわれてきた民具などが眠っている
そうした取り組みのひとつが、市民総参加型プロジェクトの「珠洲の大蔵ざらえ」だ。珠洲は江戸時代から明治にかけ、当時、海運の中心だった北前船(きたまえぶね)の寄港地として栄えた。それだけに、市内に残る古い家の蔵には、貴重な民具などが保管されていることも珍しくない。しかし、高齢化、過疎化が進むいま、そうした地域の宝は放置されたままの状態。大蔵ざらえは、そのような眠ったままのお宝を、思い出や記憶とともに市内一円から集めて整理する地域の一大プロジェクトなのだ。
「地域の住民やサポーターたちの協働で集められた古道具、すなわち地域のお宝たちを、ただ単に歴史民俗博物館のようなところに展示するのではなく、作家(アーティスト)が手を入れて加工し、保存していこうという試みです。作家が古道具を活用する際には、歴史民俗博物館の研究員やキュレーターなどの専門家が、保存の観点から監修します。これは、非常に珍しいやり方だと思います」
眠っていたお宝が、アート作品として甦る
鈴木さんは、奥能登国際芸術祭には今回で2度目の参加となる。初めて参加した前回は、「OBI」というアーティスト・コレクティブ(集団)として作品を出品した。
「珠洲には、客人をもてなす『ヨバレ』という独特の風習があります。大蔵ざらえでは、その際につかわれていた漆塗りの赤御膳などが大量に出てきました。それらを、時代を超えてスズ・シアター・ミュージアムという海岸に流れ着いた漂着物に見立て、作品として展開したのです」
冒頭の写真がその作品、「ドリフターズ(漂着物)」。大量の赤い漆器を配列した作品は圧巻で、見る人に、珠洲の歴史や、それらの道具がつかわれた背景を想起させるに違いない。
廃校を活用してつくられた「スズ・シアター・ミュージアム」Photo:Keizo Kioku
作品が展示されるのは、「スズ・シアターズ・ミュージアム」。廃校となった小学校の体育館を全面改修したここは、珠洲の文化の保存と活用の拠点だ。大蔵ざらえで収集した生活用具を紹介するほか、「ドリフターズ」をはじめ、気鋭のアーティストたちによって新たな命を吹き込まれたアート作品を展示している。
生活民具と音のコラボレーション
今回、鈴木さんはOBIとしてのみならず、個人の美術作家・鈴木泰人として新たな作品を創作して参加する。
「大蔵ざらえで集められた生活道具や廃校となった小学校に残されていた道具も用います。今回は、モノに加えて音に着目しました。モノには必ず環境があります。僕は、その環境が発する音に耳を傾けてみることにしたのです。言ってみれば、音のアーカイブ(保存)です」
廃校となった小中学校に残されていた、こんなモノも鈴木さんの作品になる
すり鉢、やかん、ラジオ、扇風機、ブラウン管テレビ……。珠洲市内で集められた民具から発せられる音や、珠洲のまちなかで聴こえるさまざまな生活音を歩き回って録音。ミュージアムに古道具を並べ、そこに編集した音も流すというサウンド・インスタレーション『音蔵庫』が、今回の鈴木さんの作品だ。
「鑑賞する方は、音を聞いて、目の前にあるモノと音を自分の頭の中で合致させていく。音を並べ直してもらうといえばいいでしょうか。『音蔵庫』は、モノを並べて完成させた作品ではなく、見る人がモノを見て、音を並べ直して、そこで初めて作品が完成します」
鈴木さんは珠洲に長期滞在して作品を創作。自分の足で珠洲の音を録って回った
珠洲という歴史ある町の伝統や文化。それらを後世に伝えていくには、作品として見る人の記憶に残すことが重要ではないか。それも、視覚のみにアプローチするのではなく、聴覚を通して見る人の記憶に染み込ませることが重要だ。作品には、そんな鈴木さんの思いが込められている。
鈴木さんは地元の祭りにもキリコ(奉燈・ほうとう)の担ぎ手として参加。そのときに録音した音は、アート・パフォーマンス『ほどける、オト・モノ』(旧上黒丸小中学校にて、10月8日は11:30~と16:30〜、翌9日は11:30~。各回30分程度)で活用される
「今回の作品は、音にフォーカスして、聞いてはいたけど聞こえていなかったものを創り上げたつもりです。僕の作品に触れて、音って面白いと感じていただければうれしいです。きっと、珠洲での滞在の仕方も変わってくるはずです。素晴らしい場所に行く機会があったら、目を凝らして景色を見るだけじゃなく、耳を澄ませてみてください。ふだんなら気づけないような地域の音が聞こえてくるでしょう。海の音、山の音も、いつもと違ったふうに聞こえてくるはずです。これもまた、奥能登国際芸術祭の楽しみ方のひとつなのです」
秋。芸術に触れるなら、ぜひ奥能登を訪れてみてほしい。
text:佐藤美由紀