アーティスト鴻池朋子が選ぶ「自然のあり方を教えてくれる本&映画」
SDGsの目標達成にはまだ課題がありますが、それでも前に進むしかなく、人間は意志を持ってこの星をかつての美しい地球に戻すべく努力をしなければなりません。自ら自然に身を置き、そこから何かを学べるのは、とても幸せなことです。けれど、本や映画を通して、新しい考え方や感じ方を得ることだってできます。そんな体験をしたアーティストの鴻池朋子さんに、大切なことを教えてくれた作品について聞きました。
当然としてある価値観を疑うことが
新しい感性に出合うチャンスをくれる
『ユリシーズの瞳』のなかで主人公が語る一篇の詩。「デロス島 太陽に照らされたまぶしい遺跡。こわれた彫刻 空っぽの風景。丘の上のオリーブの木が倒れてゆく ゆっくりと孤独に 自分の死にむかって」。このシーンに触れ、「美しいとはどういうことか?」に向き合う機会を得ました。
現代において美術とは「美しいもの」で、それを集め、展示するのが美術館。手で触れることのできないアートは、どうしても視覚優先の価値観をつくります。けれど、倒れゆくオリーブの木、その過程、その後の姿にも美しさはある。私が身を置く美術の世界は「目で見る」ことに価値を置き、それを特権的に利用してきた。
だからこそいま、アートという狭い言葉から脱し、美意識を考え直したい。自然のなかで朽ちていき、それに触って、視覚以外で美しさを感じられるような作品をつくっていきたいと思っています。
アメリカの絵本『Dust Devil』は、同じ作者の別作品を日本語訳で読んだことで手にとったもの。その翻訳を読んだとき、まるで作家の自然観に分け入って言葉を紡いでいるような印象を持ったんです。未知の自然に入っていく感覚に似ていて、翻訳はすごく自然的でワクワクするものだと知りました。
『Dust Devil』は自分で翻訳に挑戦しているところ。アメリカの西部開拓時代の物語で、そのあたりを旅したときの感覚や自分の自然観と対話するように言葉を探す作業はとてもスリリング。自然と言語に寄り添える豊かな時間です。
『ユリシーズの瞳』
ギリシャ最古の映画フィルムの行方を探し求め、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争下のバルカン半島を放浪する映画監督。その旅を描いた壮大な叙事詩映画。テオ・アンゲロプロス監督。1996年公開。
『Dust Devil』
Anne Isaacs/文 Paul O. Zelinsky/絵
アン・アイザックス作。邦訳作品には『せかいいち大きな女の子のものがたり』がある。Schwartz & Wade/¥1000(電子版)
PROFILE
鴻池朋子 こうのいけ・ともこ
秋田県生まれ。絵画、彫刻、映像、アニメーション、影絵などさまざまなメディアで作品を発表。場所や天候を巻き込んだ、屋外でのサイトスペシフィックな作品を各地で展開し、人間の文化の原型である狩猟採集の再考、芸術の根源的な問い直しを続けている。
●情報は、FRaU2022年1月号発売時点のものです。
Illustration:Amigos Koike Text & Edit:Yuriko Kobayashi
Composition:林愛子