名久井直子が選ぶ3冊「海からうまれる色、かたち」
およそ700万年の人類の歴史のなかで、ここ数十年の間に、私たちは海のシステムや海洋生物、美しい自然の数々を破壊してしまいました。海の被害は私たちが考えている以上に深刻なもの。でもまだできることがあるはず。海を変えるために、自分が変わることからはじめてみませんか?
本を読んでみることもそのひとつ。本の世界も果てしなく広がる海のように、自然や生物、文化、歴史、哲学、冒険、あらゆる事象につながっていきます。深い深い「本の海」へ、潜ってみましょう。今回は、海を愛するブックデザイナーの名久井直子さんが選んだ3冊を、名久井さんの好きな海&海の思い出とともにご紹介します。
『On the Beach 1』
『On the Beach 2』
ヨーガン・レール/著
ヨーガン・レール氏が最後の仕事として取り組んだのは、自身が住む石垣島に流れ着いたごみから美しいものをつくることでした。本書はその記録集。〈流れつくゴミのほとんどは醜いプラスチック製品のなれの果て…(中略)とうとう私はそれらのゴミを集めて、色ごとに分類して何かを作り出そうと思いました。(中略)醜いプラスチックのゴミを大量に見せただけでは、その恐ろしさを分かってもらえないのなら、私はそのゴミを使って、何か自分が美しいと思うものを作り出す努力をします。ただ美しいだけのオブジェではなく、もう一度人の役にたつ実用的なものに変えましょう。これはものを作ることを仕事にしている私の小さな抵抗です〉。作品群は美しく、心から欲しいと思うものがたくさん。汚した海を再生する美しい手法をご覧ください。(HeHe)
『珪藻美術館 ちいさな・ちいさな・ガラスの世界
(たくさんのふしぎ2019年6月号)』
ガラスでできた殻をもつ「珪藻(けいそう)」という藻。本書は自然界から珪藻を採取し美術作品をつくるという、世界でも数人しかいない珪藻アート作家・奥修さんの作品がたくさん見られる絵本です。珪藻は海や川などで採取できるそうですが、珪藻の殻の大きさは1㎜の10分の1前後! 顕微鏡ごしに写された作品は、宝石の集まりのように美しい。
ひとつひとつが独自の色やかたちを持ち、小さななかに精巧で工業製品のような細かな凹凸がさらに施されていたりして、ミクロの世界に気が遠くなります。あまりに小さいので、撮影時には指先で触るのではなく、まつげの先などを道具にしているという記述にもびっくり。何げなく波を見たりしている海に、こんな小さな宝石たちがたゆたっているなんて、驚きでした。(福音館書店)
『染織図案 海路』
神坂雪佳/著
光悦光琳派の画家である神坂雪佳。本書は明治34〜35年にかけて行われたヨーロッパ各国の工芸視察から帰国した後に欧州報告のひとつとして出版された図案集で、タイトルのとおり、船から見た海の波がたくさんの図案として収められています。
青海波のような日本的なモチーフを感じるものから、ヨーロッパの雰囲気が感じられるものまで、多様な海の模様たち。海面の動きを見つめているだけで、こんなに美しい文様を生みだせる雪佳のすばらしさ。これはカーテンにいいかしらとか、これはソファにしたいななど、ぼんやり見ているだけでも楽しい画集です。木版画で再現された本書は印刷も大変キレイですが、立派すぎる本でもあるので、模様だけを楽しんでみたい方は『神坂雪佳 蝶千種・海路』をおすすめします。(ともに芸艸堂)
名久井さんの「最愛の海」
宮古島、ニュージーランドのカレカレビーチ
名久井さんの「海の思い出」
数年前まで、毎年友人と2人で海水浴に行っていました。海にひとたび入れば、それぞれが好きなように時間を過ごし、「もうそろそろかな……」といった頃合いに、目配せして砂浜に戻る。泳ぐのも、ビーチコーミングをするのもひとり。海はゆるやかに相手と時間を共有できる場所だなと思います。海で拾ってきた貝殻やシーグラスなどを見ていると、こんなキレイなものがあの砂に埋もれている不思議さに、毎回新鮮に驚いています。
PROFILE
名久井直子
なくい・なおこ/ブックデザイナー。1976年岩手県生まれ。武蔵野美術大学卒業後、広告代理店勤務を経てフリーランスとして独立。小説、エッセイ、絵本、辞書など、年間100冊を超える書籍の装丁や紙まわりの仕事を手がける。第45回講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。
●情報は、FRaU SDGs MOOK OCEAN発売時点のものです(2019年10月)。
Text & Edit:Yuriko Kobayashi
Composition:林愛子