「着たい制服を自由に着られる」誰もが誇りをもてる社会へ
前編では学校制服における女子スラックスの導入数から、中学・高校が多様性をどうとらえているかについて考察しました。後編では、学校制服の現在、未来について、学生服メーカー・菅公学生服(以下、カンコー学生服)の企画推進部部長の吉川淳稔さんとカンコー学生工学研究所の澤埜(さわの)友梨香さんにお話を伺います。
「男子用」「女子用」という名称がなくなる日まで
まず、学校制服のあり方について、当事者である生徒たちはどう考えているのだろうか。
「近年はキャリア教育の一環として、自分たちの制服を考える機会が非常に増えています。そのなかでも女子スラックスに関する話題は、生徒たちから自然と出てくるんですよ」(吉川さん)
女子スラックスが一般的になりつつある一方で、生徒たちからの発案で男子のスカートを開発する学校も出てきている。学生服メーカーでは、どのように対応しているのだろうか。
「制服について議論をするたび、その終盤には、『だったら男子はどうする?』という話になります。男子がスカートをはきたい場合、問題は『学校が許可するか否か』だけなのです」(吉川さん)
スカートの場合、ウエストとヒップのバランスでシルエットが成り立っている。女性は比較的ウエストとヒップの差寸が大きいため、バランスをきちんと取らないとスカートのヒダが開いてしまう。男子はウエストとヒップの差寸が小さい傾向があるため、ウエストさえ合えばスカートがキレイにはけるという。
ただし現在の日本社会では、周囲にカミングアウトしていたり、強い信念があったりしないかぎり、男子が日常的に制服スカートをはくことは容易ではない。好奇の視線ではないとしても、ついつい目を奪われてしまうという人も多いはずだ。
「トランスジェンダー女性の方がスカートをはきたいと願っても、ハードルが高いことは事実です。男性の体である以上は骨格の問題や濃いすね毛などの問題があり、抵抗があると聞きます。多くの人が持っているコンプレックスと、似ている部分もあるのでしょう」(吉川さん)
女子がスラックスをはきたい場合も、体型上の理由で、男子用を流用することはできないという。女子スラックスの形も、少しずつ変化を遂げているようだ。
「女子スラックスは丸みをもたせたシルエットでしたが、トランスジェンダー男性の生徒が着用することも想定し、男子生徒がはいたときと印象が変わらない型のものも開発しました。いまではこちらを採用されるケースがほとんどです。生徒たちに話を聞くと、『制服だけでなく、体操服でもなるべく体のラインが出ないものがいい』という方が多いんですよね」(澤埜さん)
「制服は学校が選定し、保護者がお金を払ってくれるもの」で、基本的に生徒が自分で選ぶことはできない。
だからこそ吉川さんは、「そんななかでも好きと思ってもらえたり、学生時代の思い出になったり、同級生や同窓生のつながりや絆のもとになるものをつくり続けたいと思っています」と話す。
こうした流れのなか、「指定した数種類のうち、いずれかの制服を着ていれば、学校の生徒として認める」と明言する学校が増えてきているのだそう。
学校制服と教育の未来とは
吉川さんは、「コロナ禍で授業が在宅(リモート)になっても、家で制服を着て授業を受ける生徒がいる」と耳にしたという。「きっと、制服が気持ちを切り替えるスイッチになっているのでしょう」(吉川さん)。
澤埜さんは、「将来的にはそもそもデフォルトの着かたがなく、用意されたアイテムから、それぞれの生徒がTPOを考えながら自分の着たいものを選べるのが理想」だという。
「生徒さんたちと話をすると、SDGsやジェンダー平等といった大きなテーマについて意見を求められることが多いのです。そこであるとき、『女性の私に投げかけられた言葉を、なぜ弟は言われないのだろう』とか、『なぜ女性は大人になると、化粧することがマナーになるのだろう』など、日常の“小さな引っかかり”に繊細でいることも大事なのではないかとお伝えしました。
そのとき、黙々とメモをとっていたひとりの女子生徒が、『なんで私の学校には女子スラックスがないんだろう』とポツリと漏らしたのです。彼女はその後、学校で女子スラックスの導入についてのアンケートを取ったり、先生方の協力を得たりして、スラックス導入に向けての行動を起こしました」(澤埜さん)
決められた枠があるなかで、いかに自分自身の頭で考えて行動し、自らの選択肢を自分の手でつかみ取っていくか。それがこれからの社会を生きていく子どもたちにとって、大きな力になっていくのではないだろうか。
いまや、学校制服のスタンダードは家庭の洗濯機で洗えるもの。猛暑を乗り切れるようポロシャツをとり入れる学校も増えている。カンコー学生服では透けにくい素材の体操服なども開発し、ストレスなく、より快適に学校生活が送れるよう、身のまわりから学校生活をサポートしている。
text:市村 幸妙 写真提供:菅公学生服株式会社