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牛が喜び走り出す! 放牧酪農の「クラフトミルク」専用スタンド(前編)
牛が喜び走り出す! 放牧酪農の「クラフトミルク」専用スタンド(前編)
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牛が喜び走り出す! 放牧酪農の「クラフトミルク」専用スタンド(前編)

東京・吉祥寺で100年続いてきた牛乳屋さんが、倉庫を改装してミルクスタンドをオープンしました。こちらで味わえるのは、日本各地の放牧牛乳を中心とした「クラフトミルク」。放牧による牛乳のおいしさを伝えるのはもちろん、環境のことにも思いを巡らせる場にしたいという、親子の挑戦を紹介します(写真は北海道の「ありがとう牧場」の乳牛たち)。

ーーー後編はこちらーーー

牛乳の多様性が見えてくる「クラフトミルク」とは!?

「とくにこの時期の『八丈島ジャージー牛乳』は、まるでアイスクリームのような甘さがありますね。東京でつくられている唯一の放牧牛乳です。賞味期限がとても短いので、島外にはほぼ出ていないレアな牛乳 なんですよ」。

一杯の牛乳について語るのは、「武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND」を親子で運営する木村家の息子・充慶さん。同店では、全国30ヵ所以上の牧場から時期に合わせてセレクトした、3種類程度の「クラフトミルク」を提供していて、飲み比べをする客も多い。

一杯ずつ、カップに丁寧に注がれて提供される「クラフトミルク」。2~3週単位でメニューが切り替わる。

この日はほかに、「玉名牧場ジャージーミルク」(熊本)、「菊地ファームノンホモ放牧牛乳」(北海道)などが用意されていた。

「自然放牧を行なっている牧場でも、牛舎に入れることもあれば、穀物飼料も使うのが一般的。でも、玉名牧場は牛舎がなく、草のみを食べさせるストイックな放牧です。草の風味や、野性味の感じられる牛乳ですよ。菊地ファームは、いまどきの言葉で言うと『アニマルウェルフェア(家畜福祉)』を実践していて、無理に牛を外に出さない。牛舎と牧草地とを自由に行き来できるようにして、牛のストレスを減らしているんです」(木村充慶さん、以下同)

味の違い、生産者のやり方や哲学……それぞれのクラフトミルクにそれぞれのストーリーがある。同店が伝えたいのは、その多様性だ。

「牛乳とひとくちに言っても、こんなにいろいろあるんだよってことを知ってもらいたくて。味や風味に差が出やすい放牧牛乳はわかりやすさもあり、前面に打ち出しています」という充慶さんだが、クラフトミルク=放牧牛乳と定義づけしているわけではない。

「放牧でなくても、牧場単位でこだわりを持ってつくられたものを、僕はクラフトミルクと呼んでいます。放牧牛乳の最もおいしい季節に店がオープンしたので、現在は放牧のみのラインナップですが、冬にはフリーストール牛舎(牛が自由に歩き回れる牛舎)の牛乳も扱う予定です」

「おいしい牛乳のセレクトショップ」は父のアイデア

では、100年続いてきた牛乳屋さんが、なぜ「クラフトミルクスタンド」をはじめたのか。先代が展開していたのはおもに配達事業だったが、2代目である木村家の父・義之さんはより多くの人に牛乳を楽しんでもらおうと、自動販売機による販売に取り組んだ。ただ、自販機で売るには賞味期限が短いため、近年はおもに清涼飲料水を扱っていたという。

「それでも父は、牛乳への思いをずっと持ちつづけていました。学生時代はバイクで全国を巡り、各地の牧場を訪ねていたほどの人ですからね。10年以上前から『おいしい牛乳のセレクトショップをやりたい』と語っていました」。

以前から自然放牧に関心を寄せていた代表の木村義之さん(右)と、息子の充慶さん。親子で全国の牧場を見学して回ったそうだ。

一方、息子の充慶さんは、学校給食で牛乳が苦手になったクチ。それが5年前、義之さんに薦められた本を読み、自然放牧に興味を抱く。

「北海道の放牧酪農家・斉藤晶さんの『牛が拓く牧場』という、自伝的な本でした。牧場には不向きとされる山の傾斜地で自然に逆らわず、牛の力を活かして牧草地を広げていった取り組みに感動して、実際に牧場を訪ねたんです」

そこで出合った放牧牛乳が、充慶さんの牛乳観を一変させた。「おいしいとされる牛乳は濃くて甘いという思い込みがありましたが、斉藤牧場の牛乳はあっさりしているのに風味が豊か。これなら飲める」と感じたという。

この体験をきっかけに放牧牛乳に魅せられるも、流通の問題で東京では買いづらいことに気づき、義之さんから聞いていたセレクトショップのアイデアを意識するようになっていく。

そして昨年、自販機への商品補充に回っていた義之さんが交通事故に遭い、これを機にトラックを手放してアイデアを実現するに至った。

「父は77歳で、そろそろ運転はやめたほうがいいんじゃないかと家族で話していたんです。でも、土日も休みなく働いてきた父にとって、仕事は生きがいのはず。大好きな牛乳の仕事を無理なく続けられるように、週3~4日営業するクラフトミルクスタンドという形になりました」

保管倉庫を改装してオープンした「武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND」。もともと置いてあった業務用冷蔵庫がモチーフとなっている。

牛が草地に向かって走る! 放牧酪農の実際

ところで、木村親子を魅了する自然放牧とは、どんな酪農なのか。現在、生産効率などの理由により、牛舎で牛をつなぎ飼いするスタイルが酪農の主流となっている。草地で乳牛を飼育する放牧は、北海道でも約3割、都府県では4.5%しか行われていない(一般社団法人日本草地畜産種子協会調べ)。

牛舎につながれた牛と違って、放牧の牛は草地を自由に歩き回ることができる。草を食べた排泄物がそのまま野に還り、これを養分としてまた草が生えるという自然循環の仕組みがあることで、最近では地球温暖化対策やSDGsの側面から注目されることも多い。牛も健康的に生きられるため、家畜にとって可能な限りストレスのない飼育を目指すアニマルウェルフェアにも合致する。

「最終的に屠殺する家畜に対してのアニマルウェルフェアは、人間から見たスタンスでしかないとも思います。でも、雪の時期を牛舎で過ごした北海道の牛たちって、放牧の初日に、まるで馬のような勢いで走って草地に向かうんですよ。やっぱりうれしいんだなって、それを見て知ることができた気がして」

あまり知られていない放牧や酪農の実際も、同店がクラフトミルクを通して伝えたいことのひとつだ。

たとえば、およそ100ヘクタールの広い牧場に、約100頭の乳牛が自然放牧されている「ありがとう牧場」(北海道)。牛の健康はもちろん、牛を育てる人の幸せも追求しているのだという。

「牛が乳を出すのは、仔を育てる一定の期間。通常はバラバラの時期に出産させることで、牛乳を年中安定して供給できます。 ところが、ありがとう牧場では牛が妊娠する時期を揃え、冬の間は牛乳製造販売を行いません。牛は生き物なので、育てる人は休むことができませんが、こうすることで手間が大幅に減り、ゆっくりする時間を確保できます」

ありがとう牧場の吉川友二代表。ニュージーランドで酪農を学び、耕作放棄地を放牧によって牧草地に再生させた。

こうしたストーリーを持つクラフトミルクを紹介することが、ひいては牛乳廃棄問題の解決にもつながっていくのではないかと、充慶さんは考えている。

―――後編に続くーーー

text:櫛田理子

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