瀬戸内海を望む過疎・高齢化のこの集落に、なぜ人が集まる??
波の穏やかな瀬戸内海を望む、広島県呉市豊町の大崎下島・久比(くび)地区。過疎・高齢化が進む人口およそ500人の小さな集落が近年、にわかに活気づいています。豊かな自然と昔ながらの生活が残るこの地区に惹かれ、東京など他地域から人が集まっているのです。人びとは、どんな思いを抱えて久比に集い、何をしようとしているのでしょう。その想いに迫ります(中編)。
「暮らしを自分たちの手に取り戻す」プロジェクトを始動!
故郷・広島県産のレモンをつかった酒づくりに挑むと決めてから、縁あって久比につながった三宅紘一郎さん。三宅さんに大きな影響を与えたのは、久比でオーガニックのレモン栽培を手がける梶岡秀さんだった。
「梶岡さんはもともと久比の人です。高校進学のために島を離れてから、ずっと広島市など県内の都市部で生活されていました。2012年に帰郷し、レモンのオーガニック栽培に取り組むようになったのです。彼の活動はそれだけではありません。超高齢化の久比を何とかできないかという強い想いから、2016年にfacebookで『久比盛り上げ隊』を立ち上げ、島外の人びととのつながりを求めて島情報を発信された。そんな梶岡さんと接しているうちに、私の目も地域に向くようになったのです。久比は昔ながらの生活が残る、よい場所である一方、過疎・高齢化問題を抱えている。私のなかで、久比という小さな集落を、何とか活性化したいという想いが日に日に強くなっていったのです」(三宅さん、以下同)
三宅さん自身も、空き家になった住宅を借りて住んでいるのだが、久比には誰も住んでいない家が多くある。空き家率は、なんと約40%!
「これは由々しき問題と思っているとき、『アルベルゴディフューゾ』のことを知りました。地域全体を分散型ホテルのようにとらえ、地域そのものに泊まるというイタリア発祥の考え方です。梶岡さんといろいろ話しているうちに、久比と三角島の空き家を瀬戸内版アルベルゴディフューゾにできないか、と思い描くようになったんです」
この想いをどうにか形にできないか。賛同してくれる人や企業を求め、東京などでプレゼンテーションを続けた三宅さん。それをたまたま聞いて久比に興味を持ったのが、更科安春さんだった。更科さんは、それから何度も現地に足を運んだ。高齢の母親を在宅介護で看取ったことがきっかけで、残りの人生を介護問題に捧げようと決めていた。「介護のいらない社会」が実現できないかとも考えていたが、高齢者が元気な久比ならモデルケースになると確信。この集落での活動を決意する。
久比を訪れるたびに案内役を務めていた三宅さん、梶岡さんとも意気投合。一緒にやっていけば、それぞれの想いが形にできるという手応えを感じ、2人を誘って一般社団法人「まめな」を立ち上げた。2019年3月のことである。三宅さんは自身の会社「ナオライ」を、梶岡さんはレモンのオーガニック栽培と「久比盛り上げ隊」を続けながら、まめなの代表理事も務めることになった。
「まめなのミッションは、暮らしを自分たちの手に取り戻すこと。豊かな自然環境のなかで、既成概念にとらわれない、自分たちでできることは自分たちでやるという、自立した生活を探究します。『具体的にどんな活動をしているのですか』と聞かれると、いろいろなことをやっているので、ひと言では表現しづらい(笑)。大ざっぱに言うと、地域おこし、新たなライフスタイルづくりの応援、持続可能な農業の実践、地元の人たちのための学びの場づくりなどを行っています」
人口の流動性を高める取り組みとして、久比訪問者やワーケーション希望者に宿泊施設や体験プログラムなどを提供しているが、この活動は、三宅さんと梶岡さんが思い描いていたアルベルゴディフューゾの考え方に近い。提供する宿泊施設は、集落の空き家を借りたり買い取ったりして、リノベーションしたものだ。
久比には食堂やバーをやりたい人、パティシエになりたい人など、いろいろな人が集まってくるが、そうした人々を多方面からサポートするのも、まめなの役目。更科さんが目指す「介護のいらない社会」関連では、看護士が常駐する看護訪問の会社を立ち上げた。
「まめなは、いろいろな人が久比で活動しやすいように環境を整えるプラットホーム。みんながさまざまな想いを持って久比に集まり、それぞれがやりたいことを形にしていく。そのサポートをする団体と言えばいいでしょうか。まめなの一員として常に久比にいる人は、私や梶岡さんを含めて7人くらいですが、何らかの形でまめなのコミュニティに参加している人は30人くらい。広島大学建築学科の学生さんグループは、古民家再生のため集落に滞在するのですが、大学での研究が忙しい時期は島を離れます。そんな感じで、出たり入ったりしている人も少なくありません」
もちろん、まめなはナオライ主催のツアー参加者など旅行者にも宿を提供する。なかには、短期滞在のつもりでふらりと久比を訪れたのに、最終的に1年ほど滞在し、この地で自分の活動を始めた人もいるという。
「最初はライトな感じなのですが、そのうち久比にどっぷり浸かってしまう(笑)。そして、第二の故郷のような感じで久比に拠点を置く人もいます。そしてこの島で、自分のやりたいことを続けていく──。それはまさに私たちが考える、暮らしを自分たちの手に取り戻すことではないかと思うんです。私たちと一緒に活動したい人はもちろん、『やりたいことは、まだないけれど、島で過ごしながら見つけたい』という人も歓迎します。都市生活をそのまま持ってこようとすると、ここでは暮らしていけません。『ただ自然と調和して暮らしていきたい』という人なら大丈夫。ぜひ、ふらっと久比を訪れてみてください」
――後編に続くーー
取材・文/佐藤美由紀
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