児童養護施設の子どもたちを輝かせる“駆け込み美容院”
ヘアサロンと提携して、児童養護施設に入所している子どもたちや施設を退所した若者たちに、カットやパーマ、カラーなどのヘアメニューを無償で提供するプロジェクトが立ち上げられました。その名も「BEAUDOUBLE(ビューダブル)」。たくさんの困難を経験した子どもや若者たちに“美容の力“を与えたい。外見を変えてヘアスタイルを楽しむことで内面から輝いてほしい……。そんな願いを込めてはじまった取り組みです。
お金がなくても、キレイに、ポジティブになれる!
2022年7月、社会的養護(虐待や経済的理由などで保護者のもとで暮らせなくなった子どもたちやその家族を、社会全体で育て、支援する仕組み)が必要な子どもや若者たちに、美容院でのヘアメニューの無料提供を行うプロジェクト「ビューダブル」が本格始動した。児童養護施設、里親家庭、自立支援ホーム、一時保護所などにかかわる子どもや若者たちのほか、里親家庭の保護者、各施設で働く職員が対象だ。
「児童養護施設の子どもたちの多くは、ヘアカットに費やせるお金を、ほんのわずかしかもっていません。だから興味があっても、なかなかあこがれの美容院に行くことができないのです。施設退所者の若者たちも施設を出て生活していくのに精一杯で、美容にお金をかけるのは難しい。施設に勤務する職員の方々にしても、子どもたちのケアで日々忙しく、夜勤もあって、自身のヘアやオシャレにまで手が回らないのが現状です。里親さんも、同じような境遇の人が多いと思います。私たちのプロジェクトは、こうした人々にヘアメニューを無償で提供するというものです」(一般社団法人ビューダブル代表・佐東亜耶さん、以下同)
プロジェクトの発端となったのは、佐東さんのもとに届いた一枚の写真。もともと佐東さんは児童養護施設の子どもや、そこを退所した若者たちの支援活動を行なっていたが、写真は、その関係で知り合った女性から送られてきたものだった。
「社会的養護で生活保護を受けている30代の女性が、自らハサミでカットしたザン切り頭の写真を送ってきたんです。写真には、『自分を変えたくて切ってみました! すっきりしました!』とポジティブな想いが添えられていました。それを見たとき私は、彼女たちの『キレイになりたい』『変わりたい』という前向きな気持ちを、美容のプロによって叶える機会をつくることができないかと思ったのです。知り合いの美容院に相談したところ、『ぜひ協力させてください』と言っていただいて。そこから、このプロジェクトがはじまりました」
2017年、佐東さんの想いに最初に賛同した美容室「TWIGGY.」で施術を開始。3年後の2020年には「uka」が加わり、2021年からは、ふたつのサロンでのテストケースをスタートさせた。
「社会的養護の子どもたちとかかわるプロジェクトは、守秘義務があったり、子どもたちの安心安全を第一に考えなくてはならなかったりで、慎重に進めていかなくてはなりません。ですので、すぐには公にできず、コツコツと地道に続けていたのです。利用者も公募ではなく、私のこれまでの活動でおつき合いのある施設に声がけをしたり、そこから紹介された人を受け入れたり。口コミに近い形で進めてきました」
佐東さんが代表を務める支援団体の活動の一部として行いながら試行錯誤を重ねてきたが、このほど満を持して、このプロジェクトのためだけにビューダブルを立ち上げた。
「ビューダブルは、ビューティとダブルを合わせた造語。美容にはダブルの力がある。それを表現したくて、このネーミングになりました。美容には、外見をキレイにする力があることはいうまでもありませんが、外見がキレイになると、自信がついてポジティブになるなど、内面も変わりますよね。つまり美容は、外面と内面の両方に作用するのです。
私はもともと、子どもたち、若者たちの人生に彩りを添えるというか、輝ける何かを提供できたらいいなと、この活動を思いつきました。美容には、まさにその力があるということです」
施術する側にも大きなメリットが!
ヘアメニューを提供される側からは、「有名サロンでカットしてもらえて楽しい」「キレイになれてうれしい」といった喜びの声が寄せられている。同時に、提供する側にも恩恵があるという。
「たとえば、このプロジェクトで施術を担当するのはデビューを控えるアシスタントや、デビューしたてのヘアスタイリストが中心です。通常、彼らは練習のためにカットモデルを探す必要があります。でも、このプロジェクトに参加すればカットモデルを探さなくてすみますし、しかも喜んでもらえるわけですから、モチベーションアップにもつながります。ふだん接する機会がない方々との会話を通して、接客技術や社会的意識も向上します。施術する側にとっては、かけがえのない経験になりますよね。
だからでしょう、アシスタントや駆け出しのスタイリストだけでなく、ベテランのスタイリストさんまでが、『やりたい!』と言ってくださるんです。『子どもたちからエネルギーをもらえる』という声も、よく聞こえてきます」
このプロジェクトは、社会的養護対象者たちが支援されるだけでなく、参加するサロン側にも大きな喜びや学びがある。双方にとって恩恵があるのは、まさに美容の「ダブルの力」だ。
「現在は都心にあるふたつのサロンのみで行っているため、東京都内が中心ですが、ゆくゆくは日本全国へと広げていきたいと思っています。いま、日本には約25万軒の美容院があります。各地の美容院は、地域と施設、地域と子どもたちを結ぶ架け橋になりえるはずなのです。地域に根づいた美容院がビューダブルに参加してくださることは、子どもや若者たちにとって単に『髪の毛を無料で切ってくれる場が近所にある』だけでなく、『こんにちは』『調子はどう?』『元気?』などと声を掛けてくれる大人がすぐ近くにできるということ。たくさんの困難を経験してきた子どもや若者たちの、心のよりどころになる気がします。
だからこそ、協力してくださる店舗をどんどん増やしていきたいと思っているのです」
取材・文:佐藤美由紀