水没の危機迫る島国ツバルを、ドメイン「.tv」で救え! 日本人写真家・遠藤秀一の奮闘録
南太平洋の小さな島国「ツバル」は、「近い将来、海に沈む」といわれています。海抜が低いために、地球温暖化による海面上昇の影響をもろに受けてしまうからです。その事実を知って衝撃を受け、ツバルを救うために動いたひとりの日本人がいます。写真家の遠藤秀一さん。彼は、どうやってこの国を救おうとしていたのでしょう?【前編】
ツバルの水没危機報道に衝撃を受けて
ツバル国内でもっとも標高が低い道路。大潮のときは海の下だ
オーストラリアとハワイのほぼ中間、南太平洋に位置する小さな島国ツバルは水没の危機に立たされている。人口およそ1万人、面積は約26㎢の小さな島国。珊瑚礁だけでできた9つの島で構成されているが、いずれも海抜は低く、平均標高は2m、もっとも高いところでも4.5mしかない。そのため、気候変動による異常気象と地球温暖化による海面上昇の影響を、もろに受けてしまうという。
「僕がこの事実を知ったのは、1992年、ブラジルのリオデジャネイロで第1回の地球サミット(国連環境開発会議)が開催されたとき。このサミット関連ニュースで、『地球温暖化で海面が上昇し、モルジブやツバルなどの島国が深刻な被害に直面するだろう』という内容を目にしたんですね。もともと、僕は自然、とくに海が好きで、当時はスキューバダイビングをやり、水中写真に取り組んでいました。このニュースは、僕にとってとてもショッキングでした」(写真家で「NPO法人ツバルオーバービュー」代表理事の遠藤秀一さん、以下同)
スキューバダイビングに出かけた先で、イルカと戯れる遠藤さん
当時、遠藤さんは建築士として大手ゼネコンの設計部で働いていた。日常生活ではもちろん、スクラップ&ビルドという自分の仕事の場でも温室効果ガスが排出されている。そして、それが美しい海や珊瑚礁の島に被害を与えている。そのことを知り、衝撃を受けた遠藤さんは、自身の生き方を見直すようになる。
「自分も環境破壊に加担しているとの思いがだんだんと強くなっていって……。4年くらいは悶々としながらも仕事を続けていましたが、30歳のとき、建設業を離れる決断をしました」
「.tvで環境保護を!」とツバル政府に提案
30歳で設計の道を離れた遠藤さんは、インターネットベースの仕事をする会社を立ち上げる。1996年、ちょうどインターネットが普及し始めた頃だった。
ツバル国に割り当てられたトップレベルドメイン「.tv」を宣伝するTシャツ
「当時はインターネット黎明期で、さまざまな可能性がネット上にちらばっていました。せっかくだから、ネットでも環境保護ができればいいなと思い、可能性を秘めたものを探しているうちに、ツバルのトップレベルドメイン『.tv』に行き当たりました」
トップレベルドメインというのは、URLの末尾につく「.」以降の文字列で、いうなればインターネット上の国コード。日本は「.jp」、アメリカなら「.us」、イギリス「.uk 」フランス「.fr」韓国「.kr」というように、国際機関から各国に割り当てられている。ツバルは「Tuvalu」なので、トップレベルドメインは「.tv」となっている。
「日本を始め、多くの国ではホームペーシアドレスのドメインネーム発行作業は管理権のある民間企業が担っています。例えば日本の.jpはJPNICという会社が発行管理業務を行っていました。ところが調べてみると、当時ツバルでは、.tvの国コードを国際機関から与えられただけで、発行管理業務をする会社が不在だったため、.tvドメインを使用したくても取得できない状態になっていました。そこで、このドメインの管理権を得て、.tvドメインを管理販売して得た収入を、環境保護につかえないかと思いはじめたのです。ツバルから気候変動防止の声をあげていけたら、素晴らしいじゃないですか」
だが当時の遠藤さんには、ツバル政府へのコネもツテもなかった。あちこちに問い合わせ、最終的には、キリバス・ツバル総領事館からツバル政府の連絡先を得ることに成功。そして、FAXで提案してみることに。
「ドメインの利用はこんな仕組みになっていて、こういうふうにお金が儲かって……みたいなことを書いて送ったわけです。でも、何のリアクションもなかった。ところが2年くらい経過して、自分でもFAXを送ったことさえ忘れかけていた頃、朝起きたら、ツバル政府からFAXが届いていたのです。『あなたと同じようなことを提案してくる人が何人かいますので、みんなで集まって相談したいのです。ついては2週間後にミーティングを開きますから、ぜひツバルに来てください』といった内容。最後に『ただし、自腹でね』とありました(笑)」
飛行機のエンジントラブルのためマジェロ環礁で10日間足止めされた間に、「.tv利用」のプレゼンテーション資料を作った
その頃(98年)、日本からツバルまではフィジー経由で行くのがもっとも効率的だった。しかし、直前の「招待」だったためエアチケットは取れず、彼は羽田→名古屋→グアム→トラック→ポナペ→コスラエ→クワジェリン→マジェロ→タラワ(キリバス)→フナフティ(ツバル)と、何地点も経由してやっとツバルにたどり着く。
「途中で飛行機のエンジントラブルに見舞われたこともあって、日本を出てからツバルに着くまで、なんと2週間もかかってしまいました(笑)」
「神様からの贈り物」で救われた財政難
やっとのことでツバルに着き、参加したミーティングには、イギリス、香港、アメリカなどから人びとや企業が集まっていた。有名なところではYahoo!も参加。そして、遠藤さんは、「あなたは提案者の中でもかなり早いほうだったので、プレゼンテーションを最初にやらせてあげるね!」と、遠藤さんはツバル側から言われたという。
「ミーティングのあとに入札が行われ、FAX参加していたカナダの企業が50億円で10年間の運営契約を落札しました。でも結局、この会社は支払いができず、アメリカの企業が同額で権利を買い取りました」
ツバルの地元紙では「.tv契約」のニュースが1面トップで報じられた
ツバルは、これによって50億円という巨額のお金を手にし、さらに毎年、売り上げの5%の収入も得られることになった。ちなみに、「tv」は、televisionの略として世界的に通用するワード。したがって、.tvのドメインは、世界中のテレビ局がこぞって使用権を取得したが、他にも、さまざまな業態で使用されている。
「国の収入は漁業権の販売と国際社会からの支援が主で、入ってくるお金は少なく、財政難に見舞われていました。国連の年会費さえ支払うことができなかったのですが、.tvの売却で得た一部を充てることで、国連加盟を果たせたのです」
この資金は、空港や学校、インフラなどの整備にも活用された。
「最初に入った50億円の一部で、首都フナフティがあるフォンガファレ島の道路を舗装しました。当時、ツバルの首相は、.tvのことを『神様からの贈り物』と呼んでいたんです。ただ皮肉なことに、そのせいで車が増え、二酸化炭素の排出量が増えてしまった……。私の提案は、.tvで得た収入を気候変動防止につかうことでしたが、残念ながら、別のところにつかわれてしまったんですね……」
自動車が増えたとはいえ、庶民にとって車はまだまだ贅沢品。のんびりとした町のようすは変わらない
だが、トップレベルドメインが.tvだったおかげで財政難から回復したこと。また、国連に加盟することで、COP(気候変動枠組条約締結国会議)で意見を言える立場にもなったことは、紛れもない事実。ツバルにとって、.tvは、思わぬところから降って沸いた宝物であることは、間違いないだろう。
――次回では、ツバルを水没から救う活動をお届けします――
photo:Shuuichi Endou. text:佐藤美由紀