77歳の林業家が語る「次世代へ林業をつなぐため」に必要な3つのこと
日本の森林率は、現在約67%ですが、適切な整備がなされないまま放置されている森がたくさんあります。このことは植物、昆虫、動物の生態系に関わり、私たちの暮らしにも多くの影響を及ぼします。木が育つのは何十年、森が育つのは何百年もかかるといわれます。日々、森を歩き、木に触れることで見えてきたこと、そして未来について、木と森に関わるスペシャリストに話を伺います。今回は、林業家の田中惣次さんを訪ねました。
作業計画も経営計画も、すべてが100年単位
コテージ経営や森林ボランティアの受け入れを時代に先がけて始め、林業への間口を広げてきた林業家が、今、毎日手がけているのは林道作り。林業衰退期を乗り越えながら思うこと、そしてこれから林業再生のために必要だという作業道網の整備とは。

森の中で1本の木を見上げながら「この二股になっちゃったスギは、昭和44年4月17日の雪害だな。必死で植えた木たちが折れたり曲がったり、すごいショックだったからよく覚えてるよ」と田中さん
足がすくむような急斜面を軽やかな身のこなしで登り、パワーショベルを操って道を作る姿を見て、御年77歳とは驚いた。田中惣次さんは、東京の檜原村で代々続く田中林業の14代目。既に輸入材が5割を越していた1970年に家業を継いだ。2024年現在の材木の価格の目安は、50年生で1本800円、80年生で2000円。同じ樹齢で5万~6万円だった1950年代を振り返ると林業の衰退を憂えてしまうが、田中さんは言う。
「林業は長い時間を必要とする産業だから、木材需要や価格の変動などの急激な変化に敏感に対応するのは難しい。だけど時代は変化するものだから、また国産材の価格も上がるだろうと思っています。そうやって今までなんとかやってきたからね」

間伐材は薪としても販売している。生活に薪や炭が必要だった時代は、薪作りが主な仕事だった
田中さんは自伐型林業の収入だけを頼みにせず、薪や足場丸太の販売やコテージ経営などを多角的に取り入れることで、幾たびものピンチを乗り越えてきた。
「いろんなものを作っておけばなんか当たるだろって(笑)。実際に最近は、飲食店からの薪の注文が増えていますよ。林業衰退と長らく言われているけれど、そんなに厳しく考えたことはなかったな。植えた木が育ってきてるのを見るとうれしくなるからね」
まさに「林業は百年の計」といわれるとおり、目先だけを見ていては成り立たないのだと気付かされる。「では次世代へ林業が続くために必要なことは?」と聞いたところ、「人、道、機械」と即答した。日本の山林は急斜面が多い。急峻な山地での作業は辛く危険を伴ううえ、伐った木の搬出にも多大なコストがかかる。つまり生産基盤が整っていないことが、山林の荒廃に拍車をかけているとも言えるのだ。
「仕事を始めて5年が経った頃、大阪の林業家、大橋慶三郎さんや、三重県の速水林業さんたちが道を作っていることを知って驚きました。昔は多くの人手を使ってケーブルを張って、伐出(木を伐り、搬出すること)していたからね。道ができればトラックで運べるし、一人で1本から調達できるようになる。作業効率が格段によくなるので、間伐や択伐で収入が得られるようになるんです」

道作りの方法は、近くの林道で作業していたオペレーターの技術を見て覚えた。「林業仲間の視察でも学んだけれど、実践と経験が大事だね」
道を作るときはまず測量し、地質を確認する。土を切り取ったり盛ったりして平らな路面を作るが、岩場や急斜面には丸太を組んだり、石を詰めた金網を設置したりして、路肩を堅固に補強する必要がある。森になるべく負担をかけないよう、道幅はトラックが通れる最低限の3ⅿ。道をつけたことで森に光が差し込み、地面には草や灌木が生えてくる。

スギやモミ、ヒノキは自然に種が落下して発芽する。これらが育つように間伐して森を仕立てていけば、自然の力を生かした天然下種更新による適地適木(地形や気候に適した樹木を選定すること)となる
「道ができるとパーッと明るくなって、本当にいい景色になるんですよ。道づくりの間伐で残した木が育った数年後、数十年後に、またその道を補修しながら使うんです」
田中さんは、「今はいい時代なんだよ」と繰り返し言う。
「だっておじいさんたちが植えてくれた木が育っていて、私たちは伐るだけでお金になるんだから。下刈りもしないし苗木代もかからないし。そりゃ価格は安いけどね、道も手袋も車もなかった時代に汗をかいて苦労していた人たちの顔を思い出すと、ひとつも無駄にできないと思うんです」
手放された近隣の山を次々と買い取り、今もなお拡大中なのも、先人が残してくれた森を守らなければという使命感から。
「放置していてももったいない。手入れできる私たちが買えばいいんです。うちの山は今は間伐期だけど、技術の継承のために5年に一度は植林もしています。その木が育つことを考えると、50年、100年はそんなに遠い話じゃないんですよ。私の代は人に恵まれて、まぁなんとか守り切れたかなと思うけど、孫の代のために、そろそろ若い仲間も育てていかなくちゃね」
田中林業の16代目は、小学生の孫が継ぐ予定。今から一緒に仕事をする日を心待ちにしていると、生涯現役の林業家が笑った。

田中さんの著書。講演会などでは、林業の楽しさを発信している
PROFILE◆田中惣次(たなか・そうじ):1947年、東京都生まれ。江戸時代初期から続く山林家の14代目。国内外に林業家のネットワークを広げ、刺激を受けて学び、時代に柔軟に対応することで苦難の時期を乗り越えてきた。全国および東京都林業研究グループ連絡協議会の会長を長く務め、2005年には天皇賜杯を授与された。
●情報は、FRaU2024年8月号発売時点のものです。
Photo:Kiichi Fukuda Text & Edit:Shiori Fujii Composition:林愛子




