地方創生をリード!徳島県神山町に見る「未来へのヒント」【前編】
SDGs先進県として、さまざまな取り組みを進めている徳島県に、消滅可能性都市のひとつに数えられながらも「創造的過疎」と呼ばれる小さな町があります。それが神山町。そこで暮らし、働く人びとの姿に、未来へのヒントが見えました。
「創造的過疎」のいま
「私の話には目新しいものはありません。できるかぎり、若いみなさん方のお話を聞いてください」
神山を訪ねるので話を聞かせてもらえませんかと相談した大南信也さんからの「日程が合わなくてすみません」という返信に、こんな一文が添えてあった。同町出身の大南さんは、NPO法人グリーンバレーの創設メンバーとして、1990年代から神山のまちおこしに取り組んできた。フラットでオープンな文面が町そのものを表しているようで期待が高まる。
神山といえば、地方創生をリードする町として、メディアに取り上げられることも多いが、実際どんな人がどう暮らし、働いているのだろう。それをこの目で確かめたくて、かの町へ向かった。
強度のある働き方が似合う町
棚田にはこうべを垂れる稲穂の姿。そこに彼岸花の群生が彩りを添えている。9月の神山には秋が訪れていた。気候がよくなってきたので、お遍路さんも多い。そんなのどかな景色のなかに、最先端の町と呼ばれるゆえんが点在している。
少し歩けば目に入る、古民家を改装した焙煎所やB&B、靴工房など個性豊かな店の数々。サテライトオフィスらしき建物も多く、覗いてみるとパソコンに向かって働く人びとの姿があった。巨大なコワーキングスペースと、最新機器が揃うファブスペースが隣接する施設なんてのもある。
そして90年ほど前からつづく「劇場寄井座」や大粟山をはじめ、町の各所にアート作品が飾られているのも斬新でおもしろい。
人口およそ5000人の神山は、総務省が指定する過疎地域。少子高齢化の問題はあるが、近年は転入者数が転出者数を上回っている。転入者はデザイナーや料理人などのクリエイティブな職種の若い世代が多い。加えて2010年以降、神山には16もの企業のサテライトオフィスができた。なぜここまで多様な人が神山に集まるのか。率直な問いをぶつけてみると、会う人会う人、グリーンバレーの名前をあげる。
アーティストが滞在しながら作品制作できるプログラム、神山アーティスト・イン・レジデンスを始めたり、移住促進やサテライトオフィスの誘致、半年間の「お試し移住」で地域活動を学べる「神山塾」の開催など、グリーンバレーはその前身から30年にわたり地道に活動してきた。
働き方研究家の西村佳哲さんが神山に拠点を置いたのは7年前。当時すでにヨソ者が受け入れられる土壌はできていて、「僕らは下駄を履かせてもらっている状態なんです」と微笑む。
「初期には滞在していた外国人が裸足で外を歩いていて、町の人が驚いていたなんて話を聞いたことがあります。ですが住民たちもさまざまな人と接するうちに慣れ、いまでは滞在制作中のアーティストに近所のおばあちゃんが差し入れをする光景も当たり前。とびきり個性的な人たちからスタートしたので、広い受け入れ幅ができたのでしょう」
2002年以降、神山アーティスト・イン・レジデンスのアーティストが一時的な滞在ではなく移住を希望するケースが増え、移住者支援が本格化していく。ユニークなのは、手に職をもつ人をピンポイントで呼び込むことだ。
田舎に仕事がないことを前提とし、逆転の発想で仕組みをつくってきたのだ。「大きな夢を引っさげて来る人よりも、まずはわけもなく来てみた、という人のほうが定着するように思います」というからおもしろい。
「ここで出会う人や環境と自分を掛け合わせながら、この町で何ができるか、を見出していく。結果、そのほうが強度のある仕事ができる。この町にはそんな働き方をしている人が多いです」
靴職人であるリヒトリヒトの金澤光記さんは、そんな移住者のひとり。神山塾に参加したのは2014年。タイミングよく空いた物件をすすめられ、詳しい人のサポートで補助金も得て、それから1年たたないうちに店をもつことになった。
「すぐに店をやるつもりはなかったんです。でも、この町には人の挑戦を後押ししてくれる雰囲気がある。熱意をもって、というのではなく、知らないふりしてそっと背中を押してくれる。その距離感が心地いいんです」
ここでは自分の時間や休みを重視する働き方にシフトする予定だった。それが最近、「もっともっとつくりたい」と思っている自分に気づいたという。
「神山は静かでストレスもなく、仕事に没頭できる。よりよいものづくりを目指して、そのなかで出会う人と一緒に歩んでいきたい。進む方向が見え、迷いがなくなりました」
▼中編につづく
●情報は、FRaU S-TRIP 2021年12月号発売時点のものです。
Photo:Satoko Imazu Text:Yu Ikeo Illustration:Aki Ishibashi(P.39)
Composition:林愛子