別府と東京の往復で知った「二拠点生活」計算外のメリット
自分らしい仕事をしたいと、もうひとつの拠点を設けた人がいます。別府の魅力を伝えるために2つの地域を行き来する彼女の仕事と暮らしについて伺いました。
生活環境を変えることで
本当にやりたい仕事に出合えた
30歳の区切りに何かを始めたいというのが漠然とあったという池田佳乃子さん。それまで映画会社や広告代理店で広報として働いていたが、ものづくりをする人たちを見ていて、自分自身を表現できるような仕事を見つけたいと考えるようになった。
「『せっかく地元があるなら、そこに住んで自分を生かせる仕事を探してみたら?』と提案してくれたのは夫でした。結婚したばかりだったので2人で行くのかなと思ったら、私ひとりだった(笑)」
それでも、躊躇(ちゅうちょ)はなかったという池田さん。月の半分ずつ、東京・高円寺で夫と過ごし、大分・別府へ単身で赴く、二拠点生活を始めた。
「いままでやってきた広報の仕事を活かして別府の魅力を広めることが、自分ならではの仕事につながるかもしれないと考えました。ただ、地元ではありますが、土地の面白さに気づいたのは拠点を設けてからですね。別府にはグローバルな大学があって、約90ヵ国の人が住んでいたり、アーティストや移住者も多くて面白いんです。活動のベースにしている鉄輪(かんなわ)エリアを初めて訪れたとき、湯治宿が高齢化で廃業してしまい、別府のシンボルである湯けむりの風景が失われつつある現状も知りました。湯治宿の女将さんたちがそれを何とかしようと取り組んでいるので、私も地域の方々と一緒にできることがないかと考え続けています」
2018年からワークショップ形式で地元の人と話し合う「鉄輪妄想会議」を開き、翌年にオープンさせたのが、廃業した湯治宿をリノベーションした温泉入り放題のコワーキングスペースa side 満寿屋。湯治をいまの文化に転換して、温泉を残すための利用方法を考えたという。ここにワーケーションをしにくる人が増えれば、鉄輪の湯治宿にも、周囲の施設や店にも貢献できる。
「鉄輪が衰退すると、観光地としての別府の魅力も失われてしまうので、湯治宿を残すためのマッチングなどにも力を入れています。出身地とはいえ、最初は信頼関係を構築するのにも時間がかかりました。コワーキングスペースを提案するにも、コワーキングとは何かから説明しなければならない。新しいことを始めようとしていたので、なかなか理解してもらえない。それでも、いまはだんだん理解者や仲間が増えて、街が変化するのも見えてきました」
貸間(かしま)再生プロジェクトとして毎月、地元の人たちと会議をしているという池田さん。一方東京では、建築家の夫・石井航さんとともに、高円寺にある住まいを、誰もが自由に訪ねられる公民館のような場所にしようとしている。併設した雑貨店と事務所には、近所の子供たちが朝ごはんを食べに来たり、多くの人が顔を出す。
「二拠点生活ってどうしても、東京で働いて地方でオフを過ごすイメージが強いですが、そうではなく、新しく何かを始めるにもいいんです。旅と違って身を根づかせることで、街を深く知れる。何かを生み出すための種がたくさん詰まっている感じなんですよね。東京にも拠点があることで、旬の情報からその種を広げたり、専門のスキルを持っている人に出会ってかたちにできたり。二拠点の利点はたくさんあると思います」
湯治をコンセプトにしたメディテーションブランドの立ち上げも準備している池田さん。二拠点生活によって充実した人生を送っている。
PROFILE
池田佳乃子 いけだ・かのこ
ローカルプランナー。一般社団法人B-biz LINKに所属しながら、フリーランスとしても、別府のコワーキングスペースや、高円寺の住居兼店舗で地域活動に取り組む。
●情報は、FRaU SDGsMOOK WORK発売時点のものです(2021年4月)。
Photo:Tomohide Tani(Oita) , Satoko Imazu(Tokyo) Edit & Text:Asuka Ochi
Composition:林愛子